1717年(享保2年)旧暦7月

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江戸時代中期、西国のある小藩で起きた仇討ちの話である。 藩の勘定方である堀井主膳は、同じく勘定方で部下の沢野玄馬の公金着服に気づいた。 それほど多額の着服でなかった為、事を穏便に済まそうと、主膳は玄馬を秘密裏に呼び出し、分割でも構わぬから返金せよと諭した。 しかし玄馬は主膳を殺害、そのまま出奔し、行方知れずとなった。 主膳には一人、男子があった。名を新右衛門といい、18歳の気丈夫である。 新右衛門は藩に、玄馬に対する仇討ちを願い出た。藩はこれを受理し幕府に報告、幕府もこれを認め、新右衛門の仇討ち、つまり玄馬殺害はすべての公的機関の許すところとなった。 仇討ちを果たすまで、討ち手は藩の公職に就く事はできない。それどころか国許に帰り、家督を継ぐ事すら許されない。 新右衛門には許嫁がいた。藩の剣術指南役・山川久蔵の娘の由紀である。幼少の頃より久蔵の道場に通っていた新右衛門とは幼なじみであり、互いに好き合った仲である。新右衛門より3つ年下の15歳で、主膳殺害さえなければ、来年にも祝言を挙げる予定の二人であった。 「仇討ちは何年かかるか分からぬ。その間、由紀どのに言い寄る男も出てこよう。やはり夫婦(めおと)になることは、諦めねばなるまい…」 剣の腕には自信がある。しかも久蔵は助太刀に門弟二人を付けてくれた。旅の資金援助もしてくれる。見つけさえすれば玄馬など、討ち果たすのは訳もないだろう。しかし久蔵は、由紀との事には何ひとつ言及しなかった。由紀本人とも、まったく話を出来ていない。 思う相手との別れを覚悟して、新右衛門は旅立った。
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