2016年(平成28年)5月

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「……?!」 被り物による狭い視界の中、恵美は自分の目を疑う。 そこには、巨大なハゲ頭に首から下は大蛇という、人喰い化け物のおぞましい姿があった。 「キャ━━━━━━ッ!!」 観客は自分の子どもを抱え、我先に逃げ出す。 それには目もくれず、エンディングテーマが鳴り響く中、化け物は巨体をくねらせステージへ突進した。 それはそうである。この化け物の捕食対象は、初潮を迎えている性交未経験の女性だ。 客席にいる女性といえば、小学校低学年以下の女児と、その母親である。すべてが、対象外━。 しかしステージには1人だけ、化け物の狙う獲物がいた。 恵美ら30代の4人は未婚だが、男性経験はある。 恵美がそうであるように「恋愛は女優の演技の幅を広げる」という、真偽不明なあの言葉を信じて━。 そして化け物はステージど真ん中の、ピュアスターに喰らいつく。 唯一の捕食対象が逃げる暇もなく、人喰い大蛇に襲われたのであった…。 化け物はスターを腰まで飲み込み、鎌首を上げる。当たり前だが誰も、どうする事もできない。 「理沙…」 恵美は腰を抜かし、その場から動けず、声すら上げられない。その時━。 「恵美さ━━ん!!」 理沙の泣き声だ。 しかしそれは、今まさに化け物の餌食になろうとしている、スターの着ぐるみから発せられた声ではない。 恵美のすぐ脇で同じようにへたり込んでいる、ミルキーの中から聞こえた叫びであった━。 「理沙?!」 恵美は自分の頭の被り物を外す。 「恵美さん…、どうして?」 ミルキーも脱いだ。目を丸くする理沙の顔が、そこにある━。 「アンタ、スターに入ってたんじゃなかったの…?」 恵美の問いかけに、理沙は茫然と答える。 「アタシはてっきり、恵美さんがスターをやってるんだと思ってました…。アタシが行った時、衣装部屋にはもう、スターの着ぐるみはなかったんです。恵美さんが着ていったんだと━。恵美さんが本当はスターをやりたいのは分かってたし、アタシも恵美さんがやるべきだと思ったんで、そのまま自分のミルキーの着ぐるみを被って、ステージに来たんです」 理沙じゃなかった…。 ここでセレーネとコスモも、被り物を外す。それぞれ、美雪と由加里であった。 じゃあ、あのスターは、いったい誰? 「って事は、綾香さん?!」 理沙の代わりにミルキーをやっていると思った、補欠メンバーの綾香。しかし━。 「私ならここよ!」 舞台袖から、私服の綾香が出てきた。 「私が行った時、もう着ぐるみは何も残ってなかったのよ。結局真紀さんが来て、役の変更はなくなったんじゃなかったの…?」 という事は、今喰われているのは真紀…? 「そんなワケないでしょ!」 スマホを手にした智子である。 「これ、見てみなさい」 インスタグラムの画面であった。 『いまマタニティグッズを見にMIGI HOUSEに来てまーす』という文面とともに、自撮りしたと思われる真紀とその彼氏の、間抜けな笑顔。アップ時刻は、ほんの5分前━。 もう他に、着ぐるみ役者はいない。じゃあ今喰われてるのは、ホントに誰なの…? その時、理沙がポツリと言った。 「スターだ…」 「え?」 「本物のピュアスターが、喰べられてるんですよ。きっと…」 そうだ。さっきあのスターがステージで見せた動きは、まさに本物。ダンスも、アクションも…。 クリピュアはすべて、「中学2年生の女子」。そしてプロフィールには書かれていないが当然、すでに初潮を迎えている処女であろう。まさに、化け物の捕食対象だ。 化け物はいつもより時間をかけ、味わい尽くすように獲物の全身を飲み込むと、音もなく消えていく━。 微かな笑みをたたえるスターの着ぐるみがその一瞬だけ、恍惚の表情を浮かべたように恵美には思えた。 化け物の消息は、ようとして知れない。
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