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「……?!」
被り物による狭い視界の中、恵美は自分の目を疑う。
そこには、巨大なハゲ頭に首から下は大蛇という、人喰い化け物のおぞましい姿があった。
「キャ━━━━━━ッ!!」
観客は自分の子どもを抱え、我先に逃げ出す。
それには目もくれず、エンディングテーマが鳴り響く中、化け物は巨体をくねらせステージへ突進した。
それはそうである。この化け物の捕食対象は、初潮を迎えている性交未経験の女性だ。
客席にいる女性といえば、小学校低学年以下の女児と、その母親である。すべてが、対象外━。
しかしステージには1人だけ、化け物の狙う獲物がいた。
恵美ら30代の4人は未婚だが、男性経験はある。
恵美がそうであるように「恋愛は女優の演技の幅を広げる」という、真偽不明なあの言葉を信じて━。
そして化け物はステージど真ん中の、ピュアスターに喰らいつく。
唯一の捕食対象が逃げる暇もなく、人喰い大蛇に襲われたのであった…。
化け物はスターを腰まで飲み込み、鎌首を上げる。当たり前だが誰も、どうする事もできない。
「理沙…」
恵美は腰を抜かし、その場から動けず、声すら上げられない。その時━。
「恵美さ━━ん!!」
理沙の泣き声だ。
しかしそれは、今まさに化け物の餌食になろうとしている、スターの着ぐるみから発せられた声ではない。
恵美のすぐ脇で同じようにへたり込んでいる、ミルキーの中から聞こえた叫びであった━。
「理沙?!」
恵美は自分の頭の被り物を外す。
「恵美さん…、どうして?」
ミルキーも脱いだ。目を丸くする理沙の顔が、そこにある━。
「アンタ、スターに入ってたんじゃなかったの…?」
恵美の問いかけに、理沙は茫然と答える。
「アタシはてっきり、恵美さんがスターをやってるんだと思ってました…。アタシが行った時、衣装部屋にはもう、スターの着ぐるみはなかったんです。恵美さんが着ていったんだと━。恵美さんが本当はスターをやりたいのは分かってたし、アタシも恵美さんがやるべきだと思ったんで、そのまま自分のミルキーの着ぐるみを被って、ステージに来たんです」
理沙じゃなかった…。
ここでセレーネとコスモも、被り物を外す。それぞれ、美雪と由加里であった。
じゃあ、あのスターは、いったい誰?
「って事は、綾香さん?!」
理沙の代わりにミルキーをやっていると思った、補欠メンバーの綾香。しかし━。
「私ならここよ!」
舞台袖から、私服の綾香が出てきた。
「私が行った時、もう着ぐるみは何も残ってなかったのよ。結局真紀さんが来て、役の変更はなくなったんじゃなかったの…?」
という事は、今喰われているのは真紀…?
「そんなワケないでしょ!」
スマホを手にした智子である。
「これ、見てみなさい」
インスタグラムの画面であった。
『いまマタニティグッズを見にMIGI HOUSEに来てまーす』という文面とともに、自撮りしたと思われる真紀とその彼氏の、間抜けな笑顔。アップ時刻は、ほんの5分前━。
もう他に、着ぐるみ役者はいない。じゃあ今喰われてるのは、ホントに誰なの…?
その時、理沙がポツリと言った。
「スターだ…」
「え?」
「本物のピュアスターが、喰べられてるんですよ。きっと…」
そうだ。さっきあのスターがステージで見せた動きは、まさに本物。ダンスも、アクションも…。
クリピュアはすべて、「中学2年生の女子」。そしてプロフィールには書かれていないが当然、すでに初潮を迎えている処女であろう。まさに、化け物の捕食対象だ。
化け物はいつもより時間をかけ、味わい尽くすように獲物の全身を飲み込むと、音もなく消えていく━。
微かな笑みをたたえるスターの着ぐるみがその一瞬だけ、恍惚の表情を浮かべたように恵美には思えた。
化け物の消息は、ようとして知れない。
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