248年 9月

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簾の手前に座している精悍な男が、ユキヒコをジロリと見据えた。この男、ヒミコの弟で、姉に代わりすべての政務を取り仕切る執政である。 「ユキヒコとやら。そなたの持参した書状、女王陛下に御覧頂いた。当方と交易を結びたいというそなたの国の王の意向、陛下も大変お喜びである。後ほど返書を持たせるから、しばらく待たれよ」 「はッ、有り難き幸せ。我が王も喜びましょう」 両手を床につき、ユキヒコは頭を下げた。 「ところでユキヒコとやら、そなたの昨夜の行いであるが…」 執政は続ける。 「そなた、あれがオロチから陛下を守るための生け贄の儀と知った上での行いか?」 この時代の人々は、化け物をこう呼ぶー。 「はい。昨日の夕刻、村人に聞き及んでおりました」 「では、知った上での邪魔立てだったと申すのだな?そなたの行いで、オロチは生け贄を2人、喰い洩らした。あやつは5人喰わなければ、この地を離れんのだ…。そなたのせいで、陛下のご心労は続く事になったのだぞ。これを何とする?」 室内の空気が張り詰める。が、ユキヒコに悪びれる様子は、まったくないー。 「女王陛下のご心労、お察し申し上げます。なれど私の昨夜の行い、決して邪魔立てではありません。私はオロチを、本気で討ち取るつもりでおりました。私が陛下にお詫びすべきは討ち洩らした事、この一点のみにございます」
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