2020年(令和2年)12月

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夜7時ー。 化け物アラートが発動され、人通りがまったくなく暗闇に包まれた神宮外苑に、パッと照明が灯った。 新国立競技場である。 オリンピックの閉会式以降、ここが使われるのは初。国民的アイドルグループ・吹雪のファイナルコンサート開幕ー。 デビュー曲『FU・BU・KI』の軽快なイントロが流れる。場内、女性たちの黄色い大歓声。 競技場大画面に、この日を最後に芸能活動を休止するリーダー・河野悟(こうのさとる)を始め、メンバー5人の姿が映し出される。 場内、早くもヒートアップ。割れんばかりの大歓声と大音響ー。 静寂に包まれていた神宮の(もり)。この会場だけが、まさに別世界であった。 熱狂と興奮のるつぼと化した新国立競技場。 そんな中、招かれざる客も現れる。 巨大なハゲ頭に顔は冴えない中年オヤジ、首から下は鱗に覆われた大蛇ー。 女性の敵・人喰い化け物であった。 処女を喰うという行為そのものに加え、喰わない事でその女性がセックスを経験している事をつまびらかにしてしまう、タチの悪さ。究極のセクハラ…。 まさに『喰われるも地獄、喰われぬも地獄』である。 そしてこの化け物、今コンサートを行っている吹雪とは、浅からぬ因縁がある。 5年前、汐留テレビのチャリティー番組『25時間テレビ』のメイン会場である日本武道館に現れた化け物は、司会の吹雪に募金の詰まったビンを渡し、リーダーの河野に「おつかれさん」と声をかけたのだ。 両者の邂逅、再びー。 歓声が渦巻く中、化け物はのそのそと競技場内部へ侵入していく。 なんとその数、1匹ではない。 こげ茶、紺、深緑、白、赤ー。 やはり化け物は、増殖していたのだ。 色とりどりの鱗を(まと)った5匹の大蛇が、興奮の場内に入っていった。客席に多数いるであろう、獲物を喰いにー。 侵入した化け物。しかしこの5匹の蛇、中で混乱している様子である。 事態が飲み込めず、競技場のトラックや芝生の上を、激しく(うごめ)いている。 なんと中には、人っ子一人いない。 そして大画面には、メンバー5人で歌い、踊る吹雪の姿。どこか、別のスタジオ…? さらに別の画面には、メンバーそれぞれの名前がプリントされた団扇(うちわ)を手に、ノリノリの女子たち。背後に映っているのはソファーや壁掛け時計。これは彼女たちの、自宅…? 音楽や歓声は、場内無数に設置されたスピーカーから響いている。 そう。行われているのは、なんとリモートコンサートであったー。
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