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「おい、何だ、あれ…」
化け物確保を発表した小磯百合香都知事の会見から1時間。大晦日の新宿副都心。
行き交う人々は、百合香の気持ちさながらに虹色に輝く東京都庁第一本庁舎の外壁に、何やら黒い物体が張り付き、蠢いているのを目撃した。
その物体は壁を這いにょろにょろと登っていくと、7階の窓ガラスを叩き割り、侵入してゆく。7階は、知事室ー。
化け物だ…。
漆黒の鱗に覆われたー。
新国立競技場に封じ込めた5匹に、この色の化け物はいない。
古文書や文献に出てくる人喰い大蛇は、すべて黒。
18年前、昭和記念公園で警視庁の現捜査一課長・生田康男の放った銃弾をかわし、その一週間後に雛川慶子警部補を路上で喰ったのも、黒。
5年前、日本武道館に現れ吹雪の河野悟に話しかけたのも、黒ー。
どうやらこの黒だけは人間の言葉や感情を理解し、自らも話す事ができるらしい。
狡猾な知能を持ち、歴史の闇で暗躍してきたのは、すべてコイツだ…。
まさに、化け物の中の化け物。
そして時に、その姿を人間に変える事もあるという。時代々々の、権力者に化ける事もー。
「あなただったの…」
後ずさりしながら、百合香は言った。
7階、知事室ー。
人間としての姿を見せ終えると、化け物は漆黒の鱗に覆われた大蛇に戻り、百合香を飲み込んだ。
「アッ、アッ、あぁぁぁぁぁ……!」
時代を敏感に読み取り、党派を次々と変えて"政界の渡り鳥"と呼ばれた女の、人生最初で最期の性的絶頂感であった。
事を終えると、化け物は東の方向へ消えてゆく。永田町方面へー。
30分後、首相官邸。
記者たちを前に、矢部総理大臣は語り始めた。
「都庁が化け物に襲われ、小磯百合香知事が喰われたとの事でありますー」
スーツの袖、手首の部分に時折覗く真っ黒い鱗に記者は誰一人、気付かない。
化け物の消息は、ようとして知れない。
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