1984年(昭和59年)8月

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「お前ら何やってんだ!早く逃げるぞー」 栄治はまるで腰を抜かしたような私たちに駆け寄り、腕を引っ張り上げます。 そして立ち上がらせると、そのまま手を引いて走り出しました。 舗装されていない道をー。 振り返ると化け物は私たちを、のそのそと追いかけて来ています。 身の凍る思いでした。でも…。 栄治が、私の手に触れているー。 生命の危機の状態にあるのに、私はそんな事を考えていたのです。 握られた手と体の芯がじんと熱くなるのを感じました。 一方、涼子はというと、すでに栄治の手を離れ自力でしっかりと走っています。 そして並走しながら、彼に尋ねました。 「ねえ、どこまで逃げるの?」 「そうだな、このまま走っててもキリがない。どっかに隠れないとー」 栄治は答えますが、なにぶん田舎です。周囲には田んぼしかありません。 「"幼稚園"はどう?」 涼子が言いました。 この先、少し行った所に、私と涼子が出た幼稚園があります。 この村にはもともと二ヶ所、幼稚園がありましたが近年の幼児数の減少に伴い、こちらは一昨年、閉園となっています。 しかし建物自体は空き家のまま、まだ残っていました。 そして最近では村の若い男女の逢い引きの場として知られており、鍵は壊され、勝手に中に入れるようになっていました。 もちろん私と涼子はそんな所、行った事はありませんでしたが…。 「よし、そこに隠れよう」 栄治に手を引かれ、吸い込まれるように元幼稚園の園舎に入って行きました。 こんな場所に、栄治とー。 私は、胸の高まりを抑える事が出来ませんでした。涼子も一緒だというのに…。 振り返ると、化け物の姿はありませんでしたー。 まだ早い時間でしたので、中に先客はいません。若いカップルは皆、祭り会場にいるのでしょう。 ここが混みだすのは、もう少し先ー。というより化け物が現れて、それどころではないのかも知れません。 園舎は木造二階建てで、いくつかの教室があります。私たち3人は上の階の奥の部屋で、息を潜めていました。 これから、何が起こるんだろう…。 恐怖だけでなく、何故か体の奥から湧き上がる期待のような感覚で、私は身震いしていたのです。
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