1984年(昭和59年)8月

7/17
前へ
/1815ページ
次へ
あ…。 栄治の問いかけに、私はもちろん、涼子も押し黙りました。 そうです。幼い頃からいろいろなものを分け合って、共有してきた私たちですが、こればっかりは同時にする訳にはいきません。 栄治とする、順番を決めなければなりませんでした。 もちろん、先にした方がいいに決まってます。より早く、化け物に襲われる危険から抜け出せる訳ですし、それに…。 初めての相手、女になれるのです。栄治のー。 そして、こんな事も思いました。他の女としたばかりの男の人と、するのはイヤだな、と…。 ましてやその「他の女」というのが、昔から勝手知ったる親友だというのは、絶対にイヤでした。 もちろん、理屈ではわかっています。今はそんなこと言ってる場合じゃないと。 でも男性と付き合った事など一度もない私が思ったのですから、これは言ってみれば女の本能のようなものなのでしょうか。 涼子も同じ事を考えているのか、うつむいたままです。 すると煮え切らない私たちに、少しあきれたように栄治が言いました。 「ジャンケンで決めれば?」 もちろん、彼に悪気はなかったと思います。目の前にいる二人の女の自分に対する恋心など、知る由もないのですから。 それでも、私は唖然としました。女にとって大事なことを、そんなコトで…。 「ジャンケンなんかで決められるワケないでしょ」 涼子が怒りを(あら)わにして言いました。 「じゃあどうするんだよ…」 栄治は困り顔です。 本来、化け物に襲われる事のない彼にとっては、どうでもいい事です。私たちなど放って、さっさとここから出て行けばいい。 でもそれをしないで、こうして私たちに付き合ってるのは、彼の人の良さであり、やさしさに他なりません。 栄治を責めるのは、酷というものです。 すると涼子が言いました。意を決した表情でー。 「わかったわ。先に、知美として」
/1815ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1216人が本棚に入れています
本棚に追加