1216人が本棚に入れています
本棚に追加
「え、でも…」
涼子の言葉に、私は困惑の表情を浮かべます。
姉御肌の彼女は昔から私に、いろいろなものを譲ってくれました。
キャラクターが印刷された鉛筆を文房具屋に買いに行き、目当てのピンク色が1本しかなかった時も、読みたかった少女漫画がクラスメートから回ってきた時もー。
そして今、恋して止まない栄治との初体験の順番をも、私に先を譲ろうとしているのです。
「いいから、早くしなさい。アタシ、隣の部屋に行ってるから」
そう言った涼子の目に、いつも物事を譲った時に一瞬浮かぶ悲しみの色があったのを、私は見逃しませんでした。
彼女だって、本当は先がいいのです。でもー。
いつものように黙ってうつむいていれば、涼子はまた先を譲ってくれるのではないか…。
その時の私に、そんな期待といいますか、計算があったのは間違いありません。
そして案の定、事は私の思惑どおりに進んだのです。
「じゃあ、ちゃんと栄治に教えるのよ。いいわね?」
諭すように、涼子が言いました。
「終わったら、呼びにきてー。じゃあ栄治、頼むわね、知美のこと…」
「あ、ああ」
栄治の返事を聞くと、涼子はガラガラと戸を開け、部屋を出ていきました。
幼稚園の、一番奥の教室。
好きで好きでたまらない栄治と、二人きりになりました。
最初のコメントを投稿しよう!