1999年(平成11年)10月

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「アタシも行きます!」 真実は、美枝子の後ろ姿を追った。 日没タイムオーバーかと思われた3時間後、トンビがウミネコを捕らえた瞬間、そこにいる全員の歓声が、ロケ現場を包んだ。 撮った映像を、黒岩が見る。そしてー。 「よーし、OK!!」 皆で、抱き合って喜んだ。美枝子が帰らずに撮影を見守った事で生まれた、現場の一体感であった。 真実は、感動で心が震えた。物心ついた時から芸能活動をしてきて、こんな気持ちになるのは、初めてだったー。 「朝井さん、あなたもよく頑張りましたね」 美枝子はこう言って、真実を抱きしめてくれた。 真実は、涙が止まらない。大女優の胸で、泣いたー。 撮影現場で、美枝子は絶対に座らない。 自分の出番は当然の事、他の役者の撮影時も、座らずに立っている。もちろん、椅子は用意されているのだが、その姿勢はスタジオでもロケでも、一貫していた。 これは、映画界では有名な話らしい。 座るのは、食事を取る時くらいか。美枝子曰く、自分の出番でなくても、演者、スタッフ誰か一人でも仕事をしている限り、座る気になれないのだという。 そういえば、あの吹雪の海岸ロケの時も、座らないのはもちろん、寒さ対策で用意されたドラム缶の火鉢にも、当たっていなかった。 もちろん、こうした事を美枝子が周りの役者たちに強制する事は、一切ない。 「わたくしが好きでしている事ですから、皆さんはどうぞ、お掛けになって」 美枝子はこう言うが、座れる訳がない。 こうした美枝子のストイックな姿勢は、スタッフや裏方からは敬愛されるが、役者仲間からは敬遠される。結果、美枝子の周りには人がいなくなる。 彼女が、孤高の女優と言われる所以であったー。 それでも真実は、美枝子のそばを離れたいとは思わなかった。
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