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「今日はどんな話が聞きたいかしら?」
何もない宙を見詰める。傍から見れば独り言を呟く危ない人でも、私にとっては一人じゃなかった。いくら話しかけたって返事があるわけではないけれど、ふと思い立ったその日からこのお喋りを習慣として続けていた。何もない空間に私は何を見ているのか。窓から射し込む光が私のお腹を照らす。このひた道を舞う小さな粒子は一つひとつ生命を宿すかの様で、それがただの埃であった事実すらも忘れてぼんやりと眺めていた。私はそこに新たな生命を見出していたのだ。そう、私は妊婦である。膨らんだお腹に手を当てれば、不思議と手を繋いでいる心地になれる。これこそがキチガイへと成り果てた私が見出す話相手の正体だ。そして、身体が脆弱だからとて取り分け不自由のある生活を強いられてきたわけでもない私が今こうして病室を生活の拠点とするのは、このお腹に宿る新たな生命に起因する。
「そうね……今日は私とあの人の馴れ初めを話そうかしら」
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