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 『それはね、あの子を前にすれば悩みを一時的にでも忘れられるからよ。あの子の弱みに付け込んで利用したの。大人の私だからあの子の前では見栄を張る必要があった。実際にしてみれば、苦しかった自分が嘘の様に消えて無くなる。あの子が来なくなって十日目、私はこんなにも苦しんでいるのよ』  蝋人形の足元に並ぶ蝋燭はドミノ倒しの様に倒れ、人形の足に引火した炎は勢い良く全身を炙る。人の姿を辛うじて保つものの、もはや誰を模した物なのかも分からないまでに表面は爛れていた。そうなのだ、あの地響きの様な声が言ったことは全て、私の本心である。彼を呼び止めたあの言葉は、故に偽善ですらなかった。彼が私に依存する様に私もまた彼に依存していたから、別れの言葉を告げられてから十日がたった今、精神安定剤を打たない私はもはや生きることすらも限界を感じていた。  金属を擦り合わせた様な笑い声が警戒心を逆立て、続いて水面に浮かび上がる様に男の子が下から姿を表した。前髪が表情を隠し口元だけを晒す、その口角は正に口裂け女の如く吊り上がっていた。天使を名乗るあの少年とは別の、悪魔を模した架空の人物である。
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