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「おーい、遅いぞ」
「ゴメン、もう少しでメイク終わるから!」
「時間ないから急げよ」
「わかった」
彼はサッカーボールをリフティングしながら私を待っている。
これから別の大学のチームと練習試合がある。
試合は大学のサッカー場でやる。彼の車で二十分くらいの距離。試合時間まで
はまだ余裕があるけど、準備もあるだろう。
私は手早くメイクを仕上げて、片付けをしてカバンを手に部屋を出る。
「お待たせ」
「オッケー、行こうか」
私は彼の車の助手席へ座る。
「そう言えばさぁ、今日で五年だな」
ハンドルを握る彼は、前を見たまま言った。
「え?」
聞き返す私に、彼は失笑する。
「文化祭」
それだけ言って、チラリとこちらを見る。
「あ……」
ようやく私も思い出した。
五年前のあの日のこと。
クラスで模擬店をやることになった高校の文化祭。私はウェイトレスに選ばれ
て。彼がお客で私が応対。
でも内気で根暗な私はうまく話せなくて。
会計を済ませて出て行こうとした彼に藤田さんが駆け寄って。
「注文聞いたウェイトレス、あんたのことが好きなんだって」
そう言って、彼女は彼に、私の連絡先をメモで手渡してくれた。
それが始まり。
「突然連絡が来てびっくりした」
「俺もまさか藤田にメモを渡されるなんて思わなかった」
彼は小さく笑う。
「でも、せっかくもらえたチャンスだから。すげー緊張したな」
「藤田さんの連絡先じゃなくてがっかりしたんじゃない?」
「まさか。お前の方がかわいいよ。……俺にとってはな」
「……」
私は恥ずかしくなって俯いた。
彼のこういうところは五年間付き合っても未だに慣れない。
彼は、私がこうして恥ずかしがっているのが楽しいらしい。私の様子を見て、
クスリと笑った。
五年前の文化祭。
あの日からすべてが変わった。
内気で根暗な私は、好きだった彼を遠くから眺めるだけの日々を過ごしてい
た。
窓越しの校庭に見える彼は、真剣な眼差しでボールを追いかけていた。
今は……私の横で微笑んでいる。
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