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美味しい朝食を済ませると、ユールヒェンは律のところに行って勉強をする。
体型も標準に近付き、ペンや羊皮紙を買い揃えたユールヒェンに褒美に、と律は兼ねてからの話を持ちかけた。
そこでユールヒェンは言う。
「一般教養を受けたい」と。
書庫の奥に埃を被っていた教材を引っ張り出し、昼御飯までの時間、そして昼御飯から2時間程律が先生になって色々教えてくれるのだ。
ユールヒェンはまるでスポンジのようだ。
教えた事をその場で覚え、抜き打ちで復習テストを行えばいつも満点。きっと学校に通っていれば首席をキープしていた所だろう。それも学力が高い所に余裕で入れた筈だ。もしかしたら、あらゆる金銭面の問題も免除されるほど優遇されたかもしれない。
『賢者云々は置いておいても、これ程までの人財、あんな辺鄙な村ではそうそう居たものではないでしょう…。
もし平和に暮らしていたらまず間違いなく村1番の出世頭ですし、医者にでもなっていたかもしれませんね』
楽しそうに教材を眺める姿は、大好きなおやつを出された子供のように無邪気で可愛かった。
「そういえば、そろそろスペイド国へ着きますね」
「四大国の1柱のですか?」
「えぇ。あそこはアーサーさんの故郷でもあるんです。ラインハルトさんや私も出身なんですよ」
律はスペイド国の歴史や法律が書き記された参考書を開き、パラパラと捲った。一先ず礼儀作法が書かれたページをユールヒェンに見せる。
「歴史とかは後回しでも構いませんが、礼儀作法は覚えて上陸しましょう。恐らく、アーサーさんは貴方を連れて女王陛下の元へ向かうと思いますので」
渡された参考書を端から順に読みながら、ユールヒェンは首を傾げる。
「女王陛下…?海賊、ですよね?通してくれるんですか?」
「アーサーさんは、国家公認の海賊なんですよ」
「国家公認…?」
羊皮紙の切れ端に小さくメモを書き留めていたら、あまりの驚きにその手を止める。
驚いた表情のユールヒェンを見てくすくすと笑いながら、律はボードに書いていたものを消して再び書き始めた。
思ったより絵は下手だ。
「海賊は一応犯罪組織として扱われていますが、我らが船長アーサーさんは違います。というのも、アーサーさんは5年…いえ、もうすぐ6年前になりますが、国にやってきた悪魔を追い払い、国を救ったんです。その功績を称えられ、またこれからも多くの人々を救うようにと、女王陛下直々に船を頂きました。それがこのディクシー号なんです」
王冠をつけた某人間から矢印がひかれ、箱に旗が建てられた船を模した絵に繋がれる。そして矢印の近くに譲渡、と記載された。
「賢者としての活動ですから、スペイド国へ私達は出入り自由ですし、女王陛下はアーサーさんをいたく気にいられているんです」
ふむふむ、と頷く姿は、とても可愛らしい。
更にさらさらとボードにイラストと文字を描きたし、目つきの悪い某人間が王冠をつけた某人間を囲む丸に矢印で結ばれ、違うインクのペンで丸の周りをぐるぐる彩った。矢印には守護、と付け加えられている。
「その時、女王陛下とアーサーさんは1つの取引を行われています。アーサーさんの海賊としての行動を認める代わりに、アーサーさんは島全体に結界を張り、スペイド国に悪魔の類を一切寄せつけないようにしています。
これは常に膨大な魔力が必要で、アーサーさんだからこそ成せる技でしょう」
どうやら律曰く、王冠をつけた某人間の周りを囲むのは大国が聳え立つ島を表しているようで、目つきの悪い某人間はアーサーらしい。島をぐるぐると囲んだ色の違うインクは結界を表している。更にアーサーの力を主張しようとしたのか、何故か目つきの悪い某人間を何重にも上から線を足して、やたらと主張が激しくなった。何となく凶悪そうだ。
『律さんの中で、アーサーは目つきが悪いっていう印象が強いのだろうか…』
アーサーの保身の為に記載するが、アーサーは切れ長の目とはいえ別にそこまで目付きは悪くない。
律はペンを持つ手を止めると、そっと呟いた。
「アーサーさんとしては、本当は全ての国や街、村にこうして結界を張っておきたいんでしょうね」
「無理なんでしょうか?」
「さすがにきついですね。アーサーさん程の魔力を持ってしても、全てなんて、結界を張り終わる前に魔力が尽きて死んでしまいます」
その声色は、とても悲しげで、なにかを含んでいる。きゅっと下唇を噛んだ瞬間を、ユールヒェンは見逃さなかった。
律は一呼吸置いてユールヒェンの方に向き直り、いつもの作り笑顔を浮かべる。先程の表情などなかったかのように。
「さ、お喋りはこのくらいにして、スペイド国についてお勉強していきましょう!」
空元気であるということだけは、何故かすぐにわかった。
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