第4話

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裾の長いスカートに履き替え、少し踵の高い靴を履いた。音も無く片足をするりと後ろに引き、膝を軽く曲げ、スカートを軽く持ち上げて深々と礼をする。 一連の動作にふわふわ揺れる銀髪。その姿のなんと美しいことか。 「さすがですユールさん、飲み込みが早いですね。とっても綺麗に出来ていますよ」 スペイド国では…というより、少なくとも四大国では共通の王族に向けての挨拶だという。女王陛下にあうとなれば、まずはこのお辞儀の仕方を覚えなくてはならないが、ユールヒェンは本の説明と律の軽い解説だけでとても美しい所作でこなしてみせた。恐らくそこいらの貴族の生娘より余程美しいだろう。 「この綺麗な姿勢を何度もできるように練習しておいて下さいね」 褒められた。ユールヒェンは少し頬を赤くして頷いた。 勉強は楽しい。ずっとしたかったものであるだけ、ユールヒェンにとってはこの時間はなによりもの楽しみだった。なにより律はユールヒェンに対して褒めて伸ばす教育方法を取ったらしく、褒められなれていないユールヒェンは褒められることに喜びを感じ、その成長スピードは目覚しいものだ。 「謁見の際の4ヶ条は?」 「必ず衛兵の指示に従わなくてはならない。謁見の際、許可があるまで面を上げてはならない。発言は許可を得てからでなくてはならない、陛下への謁見の際、陛下への無礼、不定、その他陛下のお心を穢すような者であれば即処罰を行われる…」 「正解です。一言一句合ってますね。うーん、元々食べ方は綺麗ですし、的確な発音ですし、言葉遣いも丁寧ですし…。もう教えること無くなっちゃいましたね」 時計をちらりと見れば、まだまだ昼食までは時間がある。飲み込みの早すぎる教え子は教えがいがあって楽しいが、これはこれで困る。明日の分、と置いておいた紙の束を引っ張り出してきた。 「折角ですし、明日の分もやってしまいましょうか」 そういう右手には、酷いペンだこが出来ている。 現代のようにPCだのコピー機だのが殆ど流通していないこの時代。一介の海賊が立派な印刷機など持っている筈も無く、要約されたプリントも重要な事が書かれたプリントも、テストも、ユールヒェンに与えられるものは全て律の手書きのものだ。 夜遅くまでどうやったら上手く伝わるか考えて、メモして、他の幹部達にも相談して。船内で最も読みやすい字(・・・・・)を書けるのは律だ。言うなれば、特徴が無い字。故に、教材にするにはうってつけの字。 アーサーはその見た目に似合う達筆さだ。字まで美しいのか、とうっとりしてしまう程だが、それでは特徴的過ぎてを教育に使用するには適していない。ミグリアは丸文字で、可愛らしいが若干読みづらくもある。アレンは字が汚いし、ヴェロニカは強気な性格が文字に現れてしまう。やはりここは律がペンを走らせるしか無いのだろう。因みに、ノアも律に負けないくらい非常に美しい字を書く為、自身の書庫の整理が終わればこの勉強会には参戦してくれるらしい。 「あの、今日は、もう、終わりたいなって…」 その苦労を知っているが故に、ユールヒェンは萎縮して遠慮がちに教材を閉じた。もちろん嘘だ。ユールヒェンにとっては勉強は生き甲斐のようなもの、なんなら食事と勉強どちらを取るかと言われたら勉強を取ってしまうほどに。それでも律が大変な事は分かっていた。明日の分を今日してしまえば、明日どうしようかと悩ませてしまう。たとえ明日の分があっても、その先に困るかもしれない。 そんなユールヒェンの意志を汲み取り、律は口で弧を描き、優しい声で言った。 「…私もちょっと疲れましたし、一旦休憩にしましょうか。その後は、本当はやるつもり無かったんですけど、スペイド国の歴史を勉強しましょうね。あ、でもなにも作ってないので、歴史の本を中心にしましょう」 その言葉に、ユールヒェンはほっと胸をなでおろした。
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