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昼食を終え、勉強の時間も終わってしまうと、ユールヒェンは自由になる。この自由な時間が、ユールヒェンには実はちょっと苦手なものだった。
『今まで休むことなく仕事して、暇じゃなくても暴力を振るわれる毎日だったから、何もしてないの落ち着かないな…』
今までは寝ることを仕事と自分に言い聞かせてはいたものの、生活リズムがいつの間にか整えられ、昼間は全く眠くない。むしろ昼寝をしてしまうと夜が寝づらく、朝の手伝いに影響が出てしまう可能性がある。
故に今は起きてなにかをして夕刻まで時間を潰さないといけないのだ。
当然ながら、シャルル島で買い込んだ本など既に読み終わり、全てのページを覚えてしまっている状態だ。
そこでユールヒェンが始めたのは、船の探検である。
自室からそっと出て、今日探検する場所を考える。
ディクシー号は、乗組人数に対してとても大きい。
アーサーとユールヒェン、そして9人の幹部がプライベートを楽しむ自室が並ぶ廊下。部屋の向かいには洗面所が並んでおり、御手洗もある。廊下を渡って階段を降り、大広間を抜けて一度甲板へ出た。
改めて見ても、本当に優雅で美しい船である。
ダークブラウンで統一された雰囲気に、優しい木の香り。細部まで彫られた精密な花々。船室への扉とは別に、また違う部屋へと向かう場所がある。左右に設置された階段をのぼり、3つある扉のうち1番手前の右の扉を開けた。
廊下にはシャワールームが設置されており、その奥の扉を開けると、道場になっていた。
鳴り響く銃声と、ドタバタと何かが倒れる音。覗き込んでみれば、そこにはアレンが1人で射撃の練習をしていたらしい。
的を見る限り、的中率は高く、人を模した板は急所の部分に穴とかすかに焦げた痕。アレン本人はぽたぽたと汗を流し、息を荒らげている。相当な時間ここにいて自主練をしていたのだろう。
アレンの中には、約2週間前の後悔があった。
もっと早く着いていれば、傷つけずに済んだのでは?もっと早くアーサーを連れてこられていれば、もっとちゃんと守れていたら。
好きな子を傷つけた悪魔は勿論許さないが、賢者では無いアレンがユールヒェンの仇、と奴を殺すことは出来ない。
結局あの後アレンが出来たのはユールヒェンの無事を祈るばかりで、自分の行いに酷く後悔した。1番は、自分自身を許すことが出来ないのだ。
ふうっと一息ついてタオルに手を伸ばすと、ひょっこり覗いている可愛い子に気がつく。
途端に、アレンは別の意味で真っ赤になった。
「ゆ、ユール!?な、何して…」
「探検」
「た、探検…」
顔だけを出したユールヒェンを手招いて中に入れると、ユールヒェンの服装にアレンはぎゅっと心臓を掴まれるような感覚に陥った。
恐らくミグリアセレクトなのだろう。着心地の良いTシャツの上に桃色のパーカーを着て、フリフリのスカートを履いている。そのパーカーをよく見ると、うさぎの耳がついていた。
つまりフードを被れば、ぴょこりとユールヒェンの頭にうさぎの耳が生えるのだ。
『何とかして被って貰えないだろうか…』
ただただ可愛くて仕方が無い。顔色も良く、道場をキョロキョロと眺める姿は好奇心に満ち溢れている。なにがそんなに気になるのか。はたとユールヒェンが目にしたのは、ボロボロになった的の山。全ての的が、急所を撃ち抜かれていた。
「凄い。急所ばかり…」
「それがうちの方針だからね」
タオルを乱雑に近くの机に置くと、アレンはおもむろに拳銃を手にした。くるくると掌で遊び、ユールヒェンに見せる。
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