175人が本棚に入れています
本棚に追加
森林と巨大な城壁に囲まれた国、スペイド国。
コロン村から更に北西に位置するその国は、城壁が大きなスペードの形になっている。
城を中心に城下町が栄え、スペードの土台のような形の部分には関所と門があり、この国にはここからしか入れないのだそうだ。
大きな門の前に小さな家が点在しており、そこには交代番の門番達が休憩をしているそうだ。
鋼の巨大な門は堂々とそこに立ちはだかりながらも、精密で繊細なデザインが施されていた。
縁を彩る花々、国のシンボルとなるど真ん中に聳える細かな剣。その美しさと雄々しさは、大国を守る壁としてこれ以上相応しいものなどありはしないだろう。
門番の男がこちらに気付き、駆け寄ってきた。無駄のない動きでピタリと止まり、敬礼をする。
「アーサー様御一行様、お帰りなさいませ」
「……あぁ」
厳格そうな兵士が馬車の中の全員にも敬礼をする。その時、ふとユールヒェンと目が合った。
顔を嫌そうに歪め、アーサーにユールヒェンを指しながら話をする。
「見かけない方がいらっしゃるようですが…」
「あぁ。新しい仲間だ」
「…」
もう1人の兵士が側へ駆け寄ってくる。そして同じく馬車の中にいたユールヒェンを見て、ヒッと声を上げた。
「アーサー様、何者ですか、あの子は。銀色の髪なんて、ただの1度も見た事がない!」
その時、ユールヒェンはウバルーノに言われた事を思い出した。同じようにウバルーノも、銀髪など見た事が無い、と発言していた。
村にいた悪魔が予言していた為、それなりに
銀髪はいるものだと思っていたが、どうやら相当珍しいらしい。
「大丈夫なのでしょうか、悪魔かもしれないのに」
「いや、それは大丈夫…」
「流石に信用出来ません!こんな怪しい風貌の女性など、中に入れられません」
「な、ちょっとそんな言い方ないだろう!」
アーサーの言葉に被せるように兵士はユールヒェンに対する拒否反応を示す。アレンが兵士達を責めるが、それでも彼らはユールヒェンを気味悪がった。
不気味だ。
気色悪い。
ぽつりと呟かれた心無い言葉はユールヒェンの耳にしっかりと届き、ユールヒェンは真っ赤になってストールを頭から被った。
村でも迫害を受けたきっかけの髪。黒でも金でもない。これほどまでに珍しい、色のない髪がよりいっそう嫌いになった。
ぐっと髪を掴み、抜けてしまいそうな程に引っ張った。
『こんな髪しているから…』
そんなユールヒェンの手を、ミグリアは優しく包み込み、頭からそっと離させる。そして立ち上がり、ユールヒェンを睨み付ける兵士へと向き直った。
「訂正して」
いつもの可愛くて弾けるような声とは一変した、ハッキリとその場の空気を貫く声。ミグリアの怒った声に、ユールヒェンを睨みつけていた兵士達がびくりと肩を震わせる。
「私の大切な友達になんてこと言うの。ユールちゃんはとってもいい子だわ!」
怒ってくれる。
ユールヒェンの為に、いつもにこにことしていて愛嬌を振り撒いているミグリアの背中がとても大きく見えた。
ライラが後ろからユールヒェンのストールをひっぺがす。堂々としていろ、と。
ミグリアに叱られ、兵士達は未だ戸惑ったままだ。怪しい女がいる、しかし周りはそれを庇う。何かのせられているのでは、企んでいるのでは。そんな疑惑が浮かんでは消え浮かんでは消え、最終的にはアーサーに判断を委ねることにした。
「…この子の安全性は俺が保証する」
「し、承知致しました…」
渋々、というか嫌々といった反応だ。兵士達は引き下がり、門のすぐ側にあるボタンを探り当て、強く押した。
ゴウン、ゴウンと大きな音が鳴り響き、鋼の門がゆっくりと開く。その奥に広がるのは、スペイド国。
謝罪が無い事にむくれるミグリアだが、庇ってくれただけでユールヒェンにとっては充分嬉しい。
「…ミグリア、その、ごめんなさい…」
「気にしないで。私がむかーって来ちゃっただけだから」
繋いでくれた手はそのままに。
馬車がガタン、と音を立てて、また動き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!