第4話

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門をくぐると、少しの間トンネルのようになっており、抜けた先には兵士たちが待ち構えていた。外の兵士からの連絡を受けたのか、アーサーに対して敬礼した後、ユールヒェンは関所の個室へ案内させられた。 どうやら検査をしたいらしい。 狭くて机と椅子くらいしか無い質素な部屋で、5人程の女兵士が居る。ユールヒェンから鞄を受け取るとひっくり返して中身を確認し、服は着替えさせられて隅々まで検査を受ける。ユールヒェンは検査中、1枚の布を無理やり繋げたような簡素な検査着姿で部屋の隅にある椅子に座らされ待機だ。 あれよあれよとひん剥かれた訳だが、ユールヒェンの頭には疑問符がぷかぷか浮かんでいる。 『……こんな髪をしているから、怪しむのは分かる。私はあまりにも珍しい風貌なんだろう…けど。 あまりにも警戒が厳重すぎる気がする…。どうして?王室のお膝元だから?』 ちらりと横目に、ユールヒェンは隣に立つ女兵士に話しかけた。 「……あの、これだけ厳重にするには、なにか理由が?」 話しかけられたことが嫌だったのか、はたまた質問内容が嫌だったのか、女兵士は不快そうに顔を歪ませ、ユールヒェンのことを一見すること無くキッパリと言い放った。 「貴様には関係無い!」 後ろ手に回る女兵士の手は、カタカタと震えている。どことなく顔色も悪い。 なにをそんなに怯えているのかが全く理解できない。ただ、どこか根深い理由がある事だけは分かった。 『…王家のお膝元だから、誇り高き四大国家だから…。だけでは無さそう。 なにか、もっと根深いものがある…気がする』 15分程経っただろうか、感覚的にはもっと長く思えた。検査はようやっと終わり、ユールヒェンは荷物も服も返されて検査室を追い出された。その上で、ユールヒェンは髪を隠すようにストールを頭からはおることを命じられた。混乱を防ぐ為、との事である。 外ではアーサー達がちゃんと待っていてくれた。 その中でも、ミグリアが思いっきり不貞腐れている。 「こんなのつけろって言われたの?」 「うん、許可が出る時以外外すなと」 「…そのままのユールちゃんがいっちばん可愛いのに…」 これにはユールヒェンも苦笑するしかなかった。 身体検査と荷物検査をパスし、2つ目の門が轟音を鳴らしながら開いた。 その先に広がる街並みこそ、スペイド国城下町である。 「凄い…!」 思わずユールヒェンが感嘆の声を漏らしてしまう程に、それは美しいものだった。 白いレンガと灰色の石のタイル、青色のアクセントに様々な花々で彩られた、統一された国。 カラフルだが統一性がなく、悪くいえばごちゃごちゃしていたシャルル島とは全く違う。 華やかでありながら整頓された街並みだ。門を出てすぐの大通りには様々な出店が立ち並び、活気溢れる歓声と行き交う大声。家々の天井からは国旗を吊るした糸が橋渡しになって、風が吹く度誇り高きスペイド国の旗が揺らめいている。スペードの中に、絢爛豪華な剣が大きく描かれた旗だ。 石のタイルにはゴミひとつ落ちている様子が無く、どれ程迄に民度が高く清掃が行き届いているのかがありありとわかった。 鮮やかな果物が木箱いっぱいに詰め込まれ、店主の男がとびきり綺麗な林檎を掲げながら集客の為に通りすがる人に声をかけている。花屋の女性はその細腕いっぱいに花束を抱え、客へ眩しい笑顔で渡している。 魚屋の大柄な男は自分の身長よりも大きな魚を豪快に捌いて解体ショーを開き、見物に集まった客が賑わっている。 しかし、騒がしいだけではなく、街の至る所にシャルル島でも見かけた腕章をつけた兵士があちらこちらでパトロールを行っていた。厳格そうに見える兵士たちだが、通りすがりの子供に手を振られれば笑顔で振り返す優しさもあるらしい。 騒がしくも、四大国の1柱と呼ばれるに相応しい景色がそこには広がっていた。 解体ショーを開催中の店主の男は観衆の中から、ストールを頭から羽織る華奢な少女に気がついた。華麗な手さばきで脂が乗った1番美味しい部分を小さく切り落とし、それをそのまま渡してきた。食べてみろ、というジェスチャーと共に。 「いいのかな」 躊躇うユールヒェンに、律が後ろから声をかける。 「良いですよ、ここのお店はいつもこうして1番美味しい所の切れ端を観衆の中から1人選んであげるんです」 律に促され、渡された切り身を口に運んだ。指先の温度ですらその脂は溶けてしまい、口に運ぶ頃には指がてらてらと脂を纏っている。 じゅわり。 そんな音と共に口の中で切り身は蕩け、深い甘みとコクが口いっぱいに広がった。 濃厚で、柔らかく、そして口の中の熱でとろけてしまう旨味。 口の中から切れ端が消えてしまい、ユールヒェンは驚きと共に柔らかな表情を綻ばせた。
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