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玄関ですらもそれはそれは煌びやかだったが、謁見の間はより華やかだった。
シャンデリアからは宝石が吊り下がっており、ダイヤモンドカットされた宝石が光を乱反射してより明るさが増している。
衛兵が立ち並ぶ先、何段かの階段の先に、女王陛下はいた。
ブロンドのウェーブがかった髪が高く後頭部でまとめられ、バッスルスタイルの赤いドレスがその美貌をよく引き立てている。細やかなフリルやレースがふんだんに施され、華やかなようでまとまりのある落ち着いた雰囲気のドレス。胸元に飾られたスペード型のブローチは、この国の紋章だ。
高齢ながらも、品があって優しげな笑みを浮かべている女王陛下は、アーサーを見るなり目を細めにこやかに向き合った。
「おかえりなさい、アーサー。無事で本当に良かった。さぁ、今回の旅の成果を聞かせて頂戴。」
その声はとてもうきうきと弾んでいて、アーサーが帰ってきた事が本当に嬉しいらしい。
女王陛下の横に控えているのは、どこか幼さが感じられる青年2人と、1人の少女。あれが望月の言っていたスピート王子とサエル王子なのだろう。片方は頬杖を付いて詰まらなさそうにアーサー達を見下し、もう片方は嫌そうに顔を歪めていた。
執事がアーサーに発言権を与え、アーサーは慣れた手付きで胸に手を当て、深々と頭を下げる。腰を折る角度、仕草の速度、全てが完璧なお辞儀に、女王陛下はまた嬉しそうにする。
「……女王陛下。前回逃した暴食の悪魔、ラムスの魂の破壊に成功しました。また、シャルル島にて色欲の悪魔と対峙。これの魂の破壊も成功しております。その他にも、5つの呪われた街の解放を」
「そう。それは…。亡くなられた方のご冥福を祈りましょう。…所で、隣の女性は何方かしら。お見かけしないお顔ね」
女王陛下はゆっくりと階段を降りた。執事はすかさず女王陛下に手を差し出し、エスコートをする。ゆっくりと降りて、女王陛下がユールヒェンの目の前に立つと、顔を歪めていた王子が立ち上がった。
「母上!そのような怪しい者に近づいては行けません!」
「あらサエル、大丈夫よ。アーサーが守ってくれるわ。ねぇアーサー」
「その男は信用なりません!!」
ぼんやりとした女王陛下はそのままユールヒェンの首元の結び目を解き、するりとスカーフを取った。その姿に、周りの兵士の息を飲む音が聞こえる。騒めく謁見の間。
「なんて色だ…」「気味が悪い」「不気味だ」「見たことも無い」「どういう髪なんだ」「あんな人間がいるのか」「本当に人間なのか?」
次々に上がる、ユールヒェンの髪に対する偏見の声。ユールヒェンが17年間受けていた罵倒と同じ言葉だ。衛兵たちもユールヒェンの髪を気味悪がり、ユールヒェンは思わず俯いて下唇を噛み締めた。
その髪を見て、更にサエル王子が叫ぶ。
「なんて気持ちの悪い髪だ、出ていけ!」
「おやめなさいサエル。ねぇ、貴方名前は?」
柔らかな声色で顔を覗き込んでくる女王陛下。ユールヒェンは律に教えられた通り、片足を内側に後ろに下げ、膝を曲げてスカートを摘み、ゆっくりと頭を下げる。
「……お初にお目にかかります。ユールヒェン・ベルンシュタインと申します」
見たことも無い髪色、気味の悪い女。そんな偏見を一瞬で黙らせてしまう程に、その、薄い唇から紡がれたスペイド国語は、とても滑らかで、美しいものだった。
目を見張る程に丁寧で完璧な礼、一つ一つの発音がまるでオーケストラの奏でる音楽のように響き、透き通った声がその麗しさをより強調する。
先程までヒソヒソと陰口を叩いていた者は、皆がユールヒェンをじっと見て呼吸すらも忘れていた。
「……まぁ、なんて綺麗な…。それに、貴方スペイド国統治下の街出身の方では無いわよね?それなのに、なんて素敵な発音。ずっと聞いていたくなってしまうわ。きっと、貴方を育てた親御様はとてもしっかりされていた方なのね」
女王陛下はユールヒェンの頬にそっと手を当てた。真正面から瞳を覗き込み、ユールヒェンという存在をマジマジと眺めた。ぎゃあぎゃあ騒いでいたサエル王子も、ユールヒェンが発言した途端、その場に固まりユールヒェンを凝視する。
一方ユールヒェンは、女王陛下の言葉に耳を疑った。親御、なんて。ユールヒェンは迫害されていたというのに。当然ながら女王陛下はそんなこと知る由もない。しかし、朝にも言われたその言葉は、ユールヒェンの心を更に深く抉った。
『…親御。親。両親。私は、愛される事なんて無かったのに。愛されているのが、普通、なのかな』
固まってしまったユールヒェンの代わりに、アーサーが慌てて話を変える。
「……女王陛下。1番にご報告申し上げたいことが。…この者は、我らが長年捜し求めた、光の賢者の力を携えております」
「まぁ本当!?ねぇ、炎を見せて」
言われた通りに指先に白い炎を出して見せれば、女王陛下はまるで少女のようにはしゃぎ喜んだ。
「遂に現れたのね!1000年間、どの歴史書にも存在が確認できなかった光の賢者。凄い…これなら…」
女王陛下はユールヒェンの手を強く握り、耳元でそっと囁いた。
「ベルンシュタイン様。どうぞ、この世界を、アーサーを、救ってあげて」
「……アーサーを…?」
女王陛下の優しい笑みの中に、どこか悲しげな表情がある事に気が付いた。どういう事か聞こうとすると、執事が女王陛下に耳打ちし、謁見の時間がそろそろ終わることが告げられる。
衛兵の命令を聞かないと、最悪の場合処罰を受ける。釈然としない気持ちを胸に、3人は謁見の間から追い出されてしまった。
「さぁ、あまり長居すると怒られる。帰るぞ」
踵を返し、城の出口へと向かおうとしたアーサーの元に、1人の少女が駆けてきた。ウェーブのかかったロングヘアで、横髪が三つ編みになってお下げのように下がっている。ふわふわのその髪を揺らしながら、黄色いドレスを着用する少女はまるで春に咲くたんぽぽのような愛らしさだ。
「アーサー様、もうお帰りになってしまうの?寂しいわ」
「リデア姫。御無沙汰しております。えぇ、あまり長居する訳にもいきませんので」
「酷いわ、アーサー様は英雄だというのに。ねぇアーサー様、わたくしを船に乗せてくださる件、お考え頂けまして?」
えっ、とアーサーは珍しく若干引き攣ったような表情を浮かべた。視線だけで律へヘルプを求めるが、律はしれっと視線を逸らした。そんな律をアーサーは睨み付ける。覚えていろよ、とでも言うかのような目付きだ。
「……やはり、とても過酷な旅でございます。そのような場所に、大切な姫君をお連れするのは…」
「まぁ!わたくし、こう見えても鍛錬は積み重ねておりましてよ!」
きゃいきゃいとはしゃぎアーサーと対話するのは、先程謁見の間で玉座に座っていた少女だ。このスペイド国第1皇女リデア。手入れされた金の髪を愛らしく着飾り、ふわふわのフリルのスカートがより本人の可愛さを主張する。キツめの顔立ちをした2人の皇子とは違い、リデア姫はまさに「可憐」という言葉が似合う程に可愛らしい人だった。
それでいて、大きく開いた胸元には、ハリのはる2つの大きな山と、その間に出来た深い谷間。ヴェロニカ程では無いにしろ、背の低い少女にしては随分と豊かな胸である。ユールヒェンは思わず、自分の栄養失調気味な胸元を撫でた。当然ながら壁のように薄く平たい。
目の前にいる少女は、ユールヒェンと同じか、もしくは少し低いくらいの歳だというのに何もかもが正反対だった。
借り物のドレスと煌びやかなドレス。
誰からも薄気味悪いと言われる銀髪と華やかでポピュラーな金髪。
闇を現している、と例えられた紫の瞳と草原のような黄緑の瞳。
痩せこけた体と、豊満で女性らしくメリハリのあるスタイル。
常に何かに脅える消極的な少女と、社交的でポジティブな少女。
同じ歳頃だろうに、何故こんなにも違いがあるのだろうか。この島に来てから、ずっと惨めな思いをしている。ユールヒェンには人に好かれるような髪も無ければ目を引くスタイルも無い。期待されている教養も付け焼き刃で、親御など元より居ない。
そこにいる姫君が自分の理想の姿そのもので、ユールヒェンは泣きたくなる程辛かった。一刻も早く、この城を出たかった。
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