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門番から外出許可の札を受け取り、望月は馬を走らせる。
向かう先はコロン村より北東に位置した港町・ロンキー。ロンキーは貿易が盛んな街であり、スペイド国の屋台に並ぶ品物は殆どがこの街から輸入される。穏やかなコロン村とは少し打って変わって、商人が栄え、日々様々な交渉が行き交う場所だ。
故に船の行き来も激しく、客船から毎日のように多くの人々が観光にやって来る。アーサーの読みでは、今朝方到着予定の客船に、呪われた者が混じっており、上陸直後ユールヒェンはそれを感じとったのではないか、ということだ。
「感覚的に、恐らく呪われているのは1人だけ。その人を見つけて感染が広がる前に浄化すれば、被害は最小限に食い止められる。モチヅキ、急いでくれ」
「承知致しました」
ショートカットする為に、舗装されていないガタガタの道を一直線に馬車は進む。不安定に揺れる中、必死に馬車にしがみつきながらユールヒェンは周りを眺めた。
あまりの速度にストールが引っ張られ、危うく首吊り状態になる所だった。それ程までにアーサーは急いでいる。
2時間前。ユールヒェンの話を最後までアーサーはしっかりと聞いてくれた。そして朝食の準備を終えた望月にすぐに掛け合い、アレンを叩き起こし、律に外出許可申請書を作成するよう命じた。その間に望月は馬車を用意し、全員サンドウィッチを適当に咥え、朝食もそこそこに馬車に乗り込んだ。
ユールヒェンの言葉の全面を信じ、結果王国を出た直後アーサーもその気配を感じ取ったようだった。
景色の向こうに、うっすらと街が見えてくる。コロン村よりも大きなそれが、港町・ロンキー。地形を知り尽くした望月が近道を選び続けた結果、40kmは離れた街でありながら短時間で辿り着くことが出来そうである。
「皆様、後少しで着きます。どうぞご準備を」
どくん、どくんと心臓が強く打つ。近付けば近付く程にその悪しき気配は強く感じてくる。どうか、どうか感染だけはしていませんように、とユールヒェンは強く祈った。
ここは港町・ロンキー。
貿易や観光が盛んな街であるが故、潮風が漂う街には多くの宿泊施設が競走していた。家族で楽しめるような遊び心満載の宿泊施設や、カップルの為の艶やかな宿泊施設、VIP御用達の高級宿泊施設まで。今日も変わらず、宿泊施設は朝から大忙しである。
新たにやってきた巨大客船に乗っている宿泊予定の客の為に、またはこれから退室する客の為に、街は朝でありながら大賑わいだった。それぞれの宿泊施設へ続く港からの大通りには、これから遊びに出かける者、大事な商談に緊張をほぐそうとする者、長旅に疲労し足早に宿泊施設へ向かおうとする者で溢れ返っていた。
「この中に、呪われた人がいる…」
「呪われた者がこの国に来てから3時間…。船に乗って来たのなら、それよりも前から呪われていた可能性があるな」
「急ぎましょう」
「二手に別れるぞ。アレン、お前はユールヒェンについてやれ」
「分かった」
時間は朝7時前。客船が到着してから3時間が経とうとしている。感染速度がどれ程のものかは分からないにしろ、一刻も早く、見つける必要があるのだ。
ユールヒェンとアレンは共に駆け出した。
「何かこう、魔力とか感じない!?」
「人が多くて紛れてる、感じがする。少しでも尻尾を掴めたら良いんだけれど…」
なにか無いだろうか、なにかヒントだけでも。闇雲に人混みの中を探していてもきっと時間を無駄に潰すだけだ。アレンはユールヒェンを連れて高台に昇った。ある宿泊施設の外階段を駆け上がり、上から見下ろしてそれらしき人を探す。
「一体どこにいるんだろう…」
「はやく見つけないと」
早く見つけなければ、感染し始めたら事だ。最悪の場合、この街を壊滅させなくてはならない。そんな事は絶対にさせない。
どうにか見つけられないか。せめてものヒントだけでもないだろうか。ユールヒェンは考えた。賢者についてそこまで詳しい訳では無い。それでも、これまでの記憶力を辿りながら考えた。
悪魔に呪われた者は、好戦的な性格になり、暴力を振るうことも厭わないのだという。そして、その呪いを感染させるかさせないかは、悪魔の意志による。
「酔っ払いが多いね…。これじゃ、喧嘩を始めても呪いによるのか単に酒で高揚しているのか…」
すると、1人の男性が通行人の女性にぶつかった。どうやら朝から呑んだくれているらしく、上から見ている限り明らかに男性の方からぶつかっていたのだが、男性は女性からぶつかってきたと主張し、女性を怒鳴りつけた。縮こまる女性の腕の中には、まだ言葉も話せない赤子。
「うわ、やばい、ごめんちょっと行ってくる」
アレンはそこから飛び降りた。無論女性を助ける為である。アレンは女性に殴り掛かろうとする男性の手を軽く受け流し、尚も攻撃を続けようとする男性の足を引っ掛けて転ばせた。
「……あの辺、何となく嫌な気配がする…」
ユールヒェンもアレンを追いかけて外階段を駆け下りた。
酔っ払いの男性はしつこく、転ばせられた事がより火に油を注いでしまったらしい。冷静になる所かアレンにも文句を言い始め、遂にはアレンの胸ぐらを掴んだ。酷い酒の匂いだ。余程の量を呑んだのだろう。呂律の回らない口で因縁を付け、延々と喋り続ける男性。女性はアレンに頭を下げて、子供を抱え直し足早に立ち去った。
周りの野次馬はアレンと男性の喧嘩を面白がり始めた。男前なアレンが軽く男性をいなす
事を期待する者もいれば、アレンの端正な顔立ちに1発入れてやれ、と悪ノリで男性を囃し立てる者も。そこにユールヒェンがやって来た。
「ア、アレン…!」
突然の女性の登場に、周囲は大盛り上がりだ。痴情のもつれか?と邪推する者も現れ、皆が一斉にユールヒェンの方を見た時。
「うわ、なんだあの髪の色」
最初に挙がった声は、ユールヒェンの髪に関する否定的な言葉だった。馬車で危ないからとストールを外し、そのまま到着後慌てて飛び出して来たから、ユールヒェンの頭にはその白銀を隠すストールが無かったのである。
野次馬の中には殆どが酔っ払いだった。1人が言葉を挙げれば、泥酔した意識の中その言葉に賛同した。
それが1人の少女の傷を抉り、酷く痛め付けるものである等知らずに。
「なんだその気持ち悪い髪」
「銀なんて見たことねぇ」
「不気味だわ」
「なんだあれ」
「もしかしてあれか?噂の悪魔って奴か?」
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