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悪ノリをしていた酔っ払い集団は、一斉に暴徒と化した。声を揃え、何もしていない銀髪の少女1人に罵声を浴びせる。集団心理は恐ろしいものである。誰かが言っていた、皆がそうしている、そんな曖昧で、大した意味の無いもの。善悪の区別が付かず、罪悪感の薄れた考え。
現に、この場での悪者は泥酔し当たり散らす酔っ払いの男性でも、幼子を抱えた母親でも、乱入してきた男前な少年でも無い。
この喧嘩に何の介入もしていない1人の少女が悪である、という認識が群衆の中に広まっていった。
罵声を浴びせられるユールヒェンは、耳を塞ぎ、震え、その場に蹲ってしまった。キラキラと光を反射して輝く綺麗な天の川の髪を更に、より一層嫌いになって、もういっそ毟り取ってしまおうかと髪を握る手に力が篭もる。
アレンはすぐに男性の手を振り払い、背中に回してギシッと音がするまで締め上げた。そのまま群衆の中へ男性を突き飛ばすと、上着を脱いでユールヒェンに頭から被せ、その手を引いて走り出した。
走って走って、漸く人の少ない場所に辿り着く。広い石橋の下の花壇にユールヒェンを座らせると、彼女の震えは未だに止まっていなかった。あの状況から無理矢理引っ張ってきた為に、ユールヒェンは何処かで挫いたのか足首が少し腫れていた。
蹲る彼女を置いて、アレンは近くの売店へ駆けた。冷えた水を2杯、そして清潔なタオルを貰って受け取る。なるべく零れないように、急ぎ足でユールヒェンのところに戻った。
「ユール、大丈夫?」
アレンから差し出された水をゆっくりと飲む。その冷たさが頭に直接キンと来て、幾分か冷静になることが出来た。アレンはもう一杯の水でタオルを濡らし、ユールヒェンの腫れた足に当てた。
「ごめん、痛かったよね」
「……ごめんなさい、あんなことになって」
「ユールはなんにも悪くないから、大丈夫だよ」
ちょっと珍しくて、びっくりさせちゃったんだろうね、と努めて優しく、なだらかに。アレンとしては、やはり好きな子には笑っていて欲しくて、とにかく慰めようと必死だ。
まぁ、まだ笑ってるところ見た事ないけど。
「これで、動きづらくなったよね。…ごめん」
「変装でもすればどうってことないよ」
『だから、お願いだから俯かないで…』
アレンからすれば、突然絡んできた自分ならまだしも、こんな可愛い好きな子を泣かせる奴らはなんならぶん殴ってやりたい気分だった。しかしそれはアーサーの信念に反する。だからこうして、震え、涙を浮かべるユールヒェンを慰めることに徹しているのだ。
その頭を優しく撫でようと手を伸ばした、その時。
パンッと乾いた音が響き、ユールヒェンは青ざめた表情でアレンの手を弾いていた。
突然の事とはいえ、ユールヒェンはとんでもないことをしてしまった、と、青白い顔から更に血の気が引いていった。
地べたに手を付き、土下座をしようとするユールヒェンの肩を慌てて掴んで止めさせる。
「ごめん、ごめんね、俺が不用意だったから」
「違う、違う、アレンは悪くない」
そんな会話がある程度続くと、アーサーと律が来た。こちらからは何もアクションを起こしていないが、偶然合流出来たようである。
「……ユールヒェン、どうした?」
「ちょっと、変な人に絡まれて…。酔っ払い集団に髪のことで暴言吐かれたんだ」
「……そうか…」
するりとユールヒェンの頭から上着を取り、アーサーは優しく彼女の頭を撫でた。アレンは一瞬慌てたが、ユールヒェンは抵抗すること無くアーサーから撫でられている。
『……俺じゃ、まだ安心して貰えない』
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