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掃除が終わる頃には太陽が傾き始めていた。
砂浜で受けた嫌がらせで多くの時間を無駄にしたらしい。少女は手際よく馬を入れ、後片付けをしてしまうと、再び川に向かう。これ程までに天気が良ければ嘸かししっかりと乾いていることだろう。漁から男たちが帰ってくるのも時間の問題だ。来た道を辿り、川へ急ぐ。
「…あ…」
川の傍には、今日洗った筈の洗濯物の一部が泥だらけの状態で無造作に落ちていた。
恐らく今から一から洗っても乾きはしないだろう。
それでも仕事を辞める訳には行かない。急いで掻き集めると、泥を落とせるだけ払い落とす。ぱたぱた、ぱたぱたと懸命に落とし、どうしても落とせない染み付いた泥を摘んで部分的に洗い落とす。
擦り、叩き、ごしごしと落としていく。部分的ならばなんとか乾くかもしれない。日が落ちるまでに全てを配り終えてしまわなければ、残った仕事、船の点検に支障が出る。明るいうちに終わらなければ。
少女は一心不乱に洗って干し、乾いている物は仕分けをしながら籠に詰めた。それぞれの家庭から何が何枚出たか、全て覚えている。間違える事は無い。適当に全てを畳むと、全て揃った家庭から返却していく為に籠を抱えて村を走り回った。
「遅く、なりました……」
「遅すぎる!何考えているんだ!」
「ちゃんと洗えているの?」
「一々話しかけないで、呪われそう!」
「これくらい出来て当然なんだよ!!」
少女に対して感謝を述べるような者は1人もおらず、届ける為に扉を叩いた少女を開けるなり殴り付けたり、蹴り飛ばしたり、子供達が石やものを思い思いに投げたり。
家を回る程少女の傷は増えていく。
「あら、苦労しているみたいね」
鈴のような声が少女を呼び止める。振り返ると、占い師が立っていた。
露出度の高い踊り子のような衣装を見に纏い、口元を布で隠した麗しい占い師。彼女は少女に近付くと、額から垂れた血を拭うよう言いつけ布切れを渡した。
「なんて哀れなのかしら。親にも捨てられ、本当に可哀想だわ。こんな仕打ちを受けて……」
「……」
少女はきゅっと口を一字に引き結び、素直に血を拭う。時折何故かこの占い師は自分に構ってくる。
「……もう、放っておいてください」
「うふ、そうね。悪魔の子と話をしていたらまた村長がご心配なさるわ」
「……貴女の所為で、私はこうなったのに」
「悪いけれどお告げは本当だわ。貴女が呼び起こす悲劇が、まだ遠い未来の話だといいわね」
「そんなの、私は、知らない……」
占い師は声高らかに笑い声をあげると、そのまま立ち去ってしまった。少女はその背中を見送る。
幼い頃、何故か自分を育てていた占い師の真意は未だ掴めないままで、少女はこんな理不尽な立場に立たされている。占い師の発言した、たった一言で、一人の少女の人生はこれ程までに狂わされている。ズキズキと痛みを訴える頬も、未だ血が滲む額も、体のあちこちに出来た打撲痕や鬱血痕、痣、擦り傷は少女の心さえも蝕んでいた。
あの占い師が居なければ。この村で穏やかに過ごすことが出来たのだろうか。
空の色に合わせ少しずつ深い色を滲ませていく海を眺めながら、少女はありもしない空想を描いては頭を振ってかき消した。
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