第2話

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「あ〜〜!もう!悔しい!避けられたのに!!」 本来ならもう聴く筈のない声に驚き、肩がビクリと跳ねる。声のする方に視線をやれば、律の影からちらりと茶髪が揺れるのが見えた。 「本当だよ!本当にあとちょっとだったの!反撃してやるところだったのに!」 「はいはい、それより早く服着てください」 自身のワイシャツを脱いで、その華奢な身体にふわりと被せる。律より13cm小さな身体はすっぽりと収まり、ワンピースのようにボタンを止める。服の中に巻き込まれた髪をすくい上げて解き、律に手引きされて立ち上がって。 「ごめんねっユールちゃん、びっくりしたよね?でも、無事でよかった!」 その美貌を惜しみなく発揮する魅力的な笑顔は、変わらずそこにあった。 たしかに絶命したはずだ。あんな傷を受けて生きていられるはずなどなかった。それなのに、ミグリアは何事も無かったかのように動き、無くなった筈の腹は服の下に厚みがあるのが分かる。まるで全てがなかったかのように、顔に出来ていたかすり傷も全てきれいさっぱり消えていた。床に多量にこびりついた血。あれだけ出血すればこんなにもピンピンして居るわけが無い。失血死かどれだけ軽く見ても重度の貧血の筈。それなのに。 そんな訳がない、ありえないと、ユールヒェンは最早何もわからず、ただ目の前で起こっている出来事にすら受け入れることが出来ず、腰を抜かしてその場に崩れた。元々不健康で少々青ざめた顔はより一層暗くなり、瞳は不安げに揺れている。その様子を見て、また隣でまるでそんな反応をする理由がわからないとでもいうかのように小首を傾げるアーサーを見て、律は溜息をついた。 「もしかしてこれ、アーサーさん説明して無いですね?」 「…?律が話してるとばかり」 「私はしてないです。あ〜あ、そりゃそうなりますよね。 ユールさん、眷属はね、3つの力を賢者から分け与えられるんです。 1つは、超人的な身体能力。 もう1つは、呪われた者を浄化する力。 そして、最後の1つが、不死の力です。」 「不死?」 「死なない、というより、何度死んでも生き返る、の方が正確な気もしますが…。悪魔にどれ程の傷を受けようと、私達は必ず死んだ直後に回復が始まり蘇生します。死んでも肉体から魂が離れないんです。首を切られても腹を抉られても全身の骨を折られても、死んだら全てを回復した状態でまた動けるようになる。それが私たち眷属です。 …ただ、賢者はそうは行きません。だから私達が、アーサーさんを守るんです」 だからこそ、ミグリアは再びここに立っている。死んで回復が出来るなら、放っといた方が良いというヴェロニカの言葉も頷ける。どうせ手遅れなら、死後の回復を待って蘇生させた方が無駄に魔力を消費することも苦しみを長続きさせることもない。傷口に変化があるように見えたのは、再生工程だったからだろうと考える。律がミグリアに対してあっけらかんとした話しかけをしていたのも、誰1人ミグリアの死を悲しむ素振りが無いのも、蘇生するならそれを待つ方が良い。 船に乗ったばかりの時、ウバルーノの言っていた船長を守る役目、というのも、こういうことだろう。 『でも。それって…』 「…やっぱり、気持ち悪いよね」
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