第3話

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次の瞬間、辺りの霧がぶわりと晴れ、気付くと尾はすっぱり切断されて力なく傍らに落ち、頭が固いものに貫かれていた。 「…嘘、ダワ…」 「俺も舐められたものだ。あんな殺意にすら反応出来ないと思われているとは」 先程まで部屋の中心に佇んでいたアーサーはいつの間にかパリパの目の前まで移動しており、剣が頭を貫いて胴体の方にまで達していた。落ちた自慢の尾は今は情けなく中途半端に切れている。 アーサーの瞳にキラリと星が宿り。 「や、やめ」 「砕け散れ、色欲の悪魔」 バキン 劈く悲鳴と魂が割れる音が部屋中に鳴り響き、憎悪の蠍はばらばらに崩れていく。アーサーに一矢報いろうと鋏を伸ばすが、先端から消えていって届かない。足をなくし、壁を張っていた蠍は床に落ちる前に消滅した。 剣を杖のように突き、壁にどさりともたれる。息は激しく乱れ、肩で呼吸をする。そのままずるずると滑り降りて、その場にしゃがみ込む。ぐったりと項垂れて、呼吸を整えようと胸に手を当てて何度も深呼吸を繰り返した。 「あぁ、くそ…」 どくどくと波打つ心拍のせいで耳の奥が痛い。目を瞑って脳裏に流れてくる光景に頭を振ってかき消した。 地下室から出ると、アレンがこちらに向かって走ってくるのが見えた。相も変わらず綺麗なフォームに反しドタバタとやかましい。 慌てて走ってきたようで、アーサーの前で膝に手をついてゼイゼイと息を切らす。 「アーサー、大丈夫?!」 「見ての通りな。…ユールヒェンは」 「それが…その、傷があまりにも酷くて…」 アレンは泣き出しそうな表情で話した。 ユールヒェンを担いで船に着くと、先に戻っていたヴェロニカとミグリアが迎えてくれた。 ミグリアはあまりにも痛々しいその姿にわぁっと泣き出し、ヴェロニカが慌てて医務室へと案内する。 診察用にカーテンで仕切られた空間を突き抜けて薬品棚の横の扉を開け、中のベッドにユールヒェンを寝かせると、アレンの双子の兄、ノアが飛び込んできた。 「アレン、ユールの身体を縛りたいからベルトを持ってきてちょうだい」 「わ、わかった」 ヴェロニカがユールヒェンのズタボロになったワンピースに鋏を入れる。確かこれはミグリアのだったわ、と思い出しつつも、あちこち泥や血で汚れていて、穴や切り傷が沢山あった。修復は叶わないだろうし、たとえ直せてもユールヒェンのこの姿を思い出して悲しませるかもしれない。 『…後でパンケーキでも奢るわ。ごめんねミグリア』 チョキチョキと切って前を(くつろ)げる。折れた右肩は青く晴れ上がり、体のあちこちに痣が出来ている。その状態にギリッと歯を食いしばりながら優しくタオルをかけてやると、アレンがベルトを持ってきた。 ユールヒェンの足と手に枷を着け、ベルトをベッドごと巻いてユールヒェンが暴れられないように拘束すると、ユールヒェンがパチリと目を覚ました。 「ヴェロニカさん…?ここは…」 「治療室よ。ユール、今から貴方を治癒魔法で治療するわ。傷ついた所を元に戻すの。でも、痛いわよ、耐えられる?」 「…何か、噛むもの、いただけませんか」 ノアが小さなタオルをクルクルと巻いてユールヒェンの口に当てる。ユールヒェンはそれにがぶりと噛みつき、ぎゅっと目を閉じた。 「大丈夫。必ず治してあげる。あたしに全て任せておいて」
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