甘く冷えた街で

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「えっと……」 私が躊躇していると、おばさんは話を続けた。 「街の成り立ちも、気候風土もなにもかも、  本州あたりと一緒だと思って考えるととても違和感があるわ。  湿気が少ないところは、どちらかというとヨーロッパの方に近いし、  歴史も100年そこそこだから、  江戸とか平安とか言われても同じ国の歴史とは思えないわね。  それにね、北海道弁って、日本のあちこちから人が集まって来て、  初めの頃には、みんなまるで言葉が違ってコミュニケーションをとるのが大変で、  それでやむなく、ものすごい勢いで形成されていった方言なんですって」 「寄せ集めの急成長地域」 おばさんはフフフと笑って続けた。 「私の高校時代のお友だちにプロの小説家のコがいるんだけど、そのコが言うの。 『札幌に生まれ育ったと言うだけで、私たちは文学的素養に恵まれている』って。  言葉では説明できない何かが、他の『日本』の人たちとは確実に違っていて、  そこが『文学的素養』ということらしいわ。  あなたもこっちでお勉強するのは、例え東京とカリキュラムが同じだとしても、  きっと『文学的』恩恵を受けるでしょうね。  美術館とかは東京の方が恵まれているとしても」 おばさんがリモコンで車のカギを開けた。 「札幌は日本じゃないんだ」 「あるいは札幌は日本のパリね」 私たちはてんぷらを食べるために、 甘く冷えたリラの匂いのする公園をあとにした。
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