音楽教師の悦楽

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その笑顔に一瞬だけ怯んでしまう。 とっさに俯き、言葉を繋ぐ。 「あの、ごめんなさい、ほんとに、家に帰らないといけなくて、、、、」 「帰らないと、どうなるのかな?」 「え、」 気が付くと少年の細い喉元にじりじりと光る煙草の先端が向いていた。あと数ミリでその青白い肌を焼いてしまいそうな程近く。肩は相変わらず男にがっちりと絡めとられ、身動きができない。 「あはは、」 笑いながら男は空いた窓から煙草を放り投げる。高鳴る鼓動の中、煙草は弧を描いて夕陽の中に消えてゆく。男はピアノの椅子に座り、その膝の上にいまだ硬直して動けずにいる少年を座らせた。 「はい、リコーダー持って」 後ろから両手をリコーダーにあてがわれ、そのまま口に咥えさせられる。 少年の桃色に光る柔らかく小さな唇には、この楽器の先端すらも少し大きいように感じられた。 「はい、低い『ド』吹いて。」 後ろから抱え込まれ、言われるがまま少年は楽器に息を送る。 「ん~、ちょっと息の量が少ないかなぁ。次、低い『レ』」 「次、『ミ』」 「次、『ファ』」 低い音から高い音へ。リコーダーを持つ手は常に男に上から押さえられ、片時も少年は楽器から口を外すことができない。息継ぎのときでさえそれが叶わないので、嫌々鼻から息を吸うはめになる。少しでも口を緩めようものなら、男の力でこの細長い楽器が自分の口内にずっぽりと入ってきてしまうような気がして、どうしても口を外せなかった。
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