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僕が2回転目の洗濯物を干し終え、
鼻歌まじりに床にフロアクイックルをかけていると、
ベッドの中から遠吠えが聞こえ始めた。
オオカミ?
スランプに陥ったソプラノ歌手?
見ると、アーちゃんがもっさりと暴れ始めている。
そろそろ起きるらしい。
僕は床掃除を終え、手を洗う。
朝食の支度を始めるのだ。
僕は卵をボウルに割り入れ、かきまぜる。牛乳をほんの少し。塩、胡椒。
熱したフライパンにバターを落とし、
半分くらい溶けたところで卵を流し込む。
じゅわぁぁぁぁ、という音と卵とバターの匂いが、
温かく僕の鼻をくすぐる。フフフン、フン。
「んげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~」
妙齢の女性、いや、人とは思えない野性的なうなり声が聞こえてくる。
そして寝ている人とは思えない、激しい寝返り。
大の字 → 「く」の字 → 逆「く」の字(えびぞり?) →
最後には「眠れる森のプリンセススタイル(アーちゃん命名)」。
これは単純な「気をつけ」スタイルの仰向け姿勢。
ソーセージとオムレツを皿に盛り付ける。
いつもながら完璧な仕上りのオムレツ。ふっくらとした三日月。
僕は自分の仕事に満足し、気合いを入れ直してアーちゃんを叩き起こす。
「アーちゃん、起きろ。オムレツ焼けた」
アーちゃんは目ヤニをいっぱいつけた目を半開きにして、
口をとがらせて僕に向ける。チュ-っと。
まるでヒョットコのようなツラ構え。
この人は、不満も欲情も、同じツラで表現するのだ。
かろうじて目付きに差があるのみ。
「その口やめろぉ」
「お姫さまだから、チュ-しないと起きないんだもん」
僕は彼女の頬を、ぎゅーっと両手で挟んで申し立てる。
「だからその口やめろってぇ」
アーちゃんは「ぎぇ~」とも「ぎゃ~」ともつかない奇声を発する。
そしてようやく普通の面構えになる。
僕はきちんと彼女に「おはようのキス」をしてあげる。
いつもながらのバカップル的儀式。
こんなに気恥ずかしいことも恋愛の醍醐味だ。
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