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リョウちゃんは会社員だった頃、SEという仕事をしていた。
コンピュータ関係の仕事だ。
帰りが遅かったり、何日も家に帰ってこなかったり、
ふたりでごはんを食べているときにケータイで呼び出されたりして、
ずいぶん大変そうな感じだったけど、
それなりに楽しそうに、充実してるように見えた。
ある日、珍しく普通の時間に晩ごはんを家で食べていたら、
「俺、会社辞めるから」と言った。
「ねえ、そこのお醤油とって」って言うのと同じ調子で。
だから「うん」と、私も、お醤油をとってあげるのと同じ調子で返事をした。
「ふうん」
返事をしてから、ふと、これは「大きいことだ」と思い直し、
「え?」と、聞き返した。
「会社、辞めるんだ」と、リョウちゃんは、
もぐもぐとブロッコリーを口に入れたまま答えた。
「どして?」と訊くと、
「まあ、それもアリかな? と思って」
と言った。
私も「それもアリかも」と思った。
「それはアリだけど」と思いながら
目の前でおみそ汁をすするリョウちゃんを見た。
私が言いたいことは、うまく形にならないまま、
食卓の上で柔らかく光る白熱灯に当たって、砕け散った。
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