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何がどうなったのか知らないが、上半身はすっかりびしょびしょだ。水でも掛けられて追い払われたか。だとしたらこの店のボーイだろう。自分が裏口に運んでしまったので、少し気の毒な気持ちが起こる。
寒いのか小刻みに震えている。地面を這ったせいで、髪にもTシャツにも砂や何の汚れか分からない黒い泥状のものがべったりついている。
「生きてんなら帰りな」
気を失っていると思っていた男が呻きながら頭を振る。顔を覆っていた長い髪が流れて、薄い唇の脇のホクロが見えた。
「ほっとけ」
掠れた声で虚勢を張られ、気の強さに気を引かれた。長いまつ毛のついたまぶたが上がると、既視感のある三白眼がオレを見上げた。
目つきが悪い。モデルでもしていそうな綺麗な顔立ちだから、なおさら気に障る。さっきの奴らに袋叩きにあったのは、盗みを働いた以外にも、生意気な目付きに逆上されたせいもあるんじゃないだろうか。
口元のホクロに再び目が止まる。まさか、そんなはずはない。
男が息を詰めて立ち上がろうとする。膝を痛めたらしく、あえなく地面に転がった。ズボンのポケットからはみ出した薄茶のものに確信して摘み取ると、それは小さな藁人形だった。腹の部分には幾度も穴をあけられた跡がある。
こんな呪いの人形を持ち歩くなんてバカは、ひとりしか知らない。
「もしかしてお前……リンか? 越智倫太郎(おちりんたろう)だろ?!」
「……誰だよ、アンタ」
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