第1章

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 駅前にあって栄えていた真新しい居酒屋の大きな看板は時間が経過したのか古くなり、昼間のせいか寂しそうで、隣にあった八百屋は閉店していた。  知らないお店がいくつもあった。  知らない人々が無表情で、時には仲間と一緒に笑いながら行き交っている。  残念ながら僕の知り合いらしき人は見当たらなかった。  寂れつつあった田舎の町はどんどん過疎った気がするけれど、知らないお店もあるからどうなのかはまだよくわからない。  赤信号になり、バイクは1番先頭の交差点の停止線で停車する。裏に山がある大きな銭湯の煙突に向かって走っている様子。  バイクが停車していると、まるでアゲハ蝶が木の葉に羽を休めにきて、走りだすと優雅に舞うように滑らかに走る。左右に曲がる時も、曲がりくねったカーブの時もバランスを崩さない。今は昼間で分からないが、夜になればテールランプが綺麗に線を描――く。  僕はようやく思い出した。  人通りがまばらになり、そして市街地に行き、緑豊かな木々が生い茂った山に近づいた、信号が無い停止線だけがある十字路に一時停車した時、僕はハッとして声をあげた 。 「あ、アゲハさん!?」 「ん?」  今まで黙っていた僕の声に反応して看護師さんは振り向く。  否定はされなかった。じゃあやっぱり――  横から走って来た車が通り過ぎ、再びバイクは走りだし、左折すると、森を背景に、灰色の地に真っ赤な筆文字で「千散温泉」と書かれている巨大な銭湯の煙突がそびえ立っていて、開いていたフェンスの無い柱だけの門柱の中を通り過ぎ、紫色の布地に真っ赤な筆文字で「千散温泉」と書かれている暖簾(のれん)が軒下にぶらさがっている建物の前の広場にバイクを駐車させた。  どうやらここが目的地だったらしい。  バイクから降りる運転手を見て僕も降りた。足に力を入れていたから少しだけ足が震えている。地面に立つと揺れているような錯覚。  ヘルメットを外すのにもたついている僕に、先にヘルメットを外してハンドルにぶら下げた看護師さんが、笑いながら僕のヘルメットを外してくれた。 「ほらよ」  と笑うと、僕がかぶっていたヘルメットを運転席の椅子を開けて中に収納する。 「あの……アゲハ……さん?」  その背中に恐る恐る声をかけた。 「なに?」  振り返ると長い金髪が揺れて大きなピアスが顔を覗かせる。 「ややや……」 「や?」
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