第1章

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 僕は彼女を指差したまま腰を抜かした。 「なんだよシュウシ。どうした?」  鉛筆で描いただけの細い眉毛をほんの少し下げて、驚いて地面に尻餅をついた僕を見て困ったように笑うい、 「どこか痛むのか?」  と、僕を心配する。 「やっ……っぱりアゲハさんなの!?……ですかっ」 「なんだよ。その幽霊を見たような顔は。今更それ言うか~?」  声をどもらせ変な敬語を慣れない低い声で発する僕に、アゲハさんは「ハハハハ」と豪快に大笑いする。今思えば細い眉毛とその笑い方がとても懐かしい。 「だ、だって僕、全然……気がつかなくって……その、看護師さんの付けていた名札は名字が違うし、喋り方とか……僕を呼ぶ時とか――」  困って視線を泳がせている僕の目と合うように、アゲハさんは短いスカートのまま膝を折りしゃがむとこう言った。 「ババアが男と再婚したんだよ。私はこの6年間の内に看護師になった。喋り方は……まぁ仕事だしな」  指摘されたのが照れくさかったのか、頬を掻くアゲハさん。 「それにしてもシュウシ、酷くないか? 私のことに気がつかないなんて」  僕の頭をワシャワシャと撫でまわしながら「このっ」とじゃれてくる。  懐かしい感覚に僕の目は自然と潤んできた。  ――僕を知っている人が、すぐそばに居てくれたんだ……。 「ど、どうしたシュウシ! どこか痛むのか?」  俯いて泣き出す僕にアゲハさんは焦ったように僕の顔を覗き込む。  僕は首を横に何度も振ると、アゲハさんは「それならいいけど」と言い、ヒョウ柄のシャツの胸元に僕の頭を抱き寄せた。 「そりゃあ泣きたくもなるよな。目が覚めたら周りに誰も居ないんだもん」  違うんだ。  僕のすぐ近くで見守っていてくれた人がここに居たんだ。  僕を心配してくれた人が――  感極まって泣きじゃくる僕の頭を撫でながら「よく目が覚めたな。偉いぞ」と言ってくれ、その昔と変わらない優しさに触れて余計に涙が止まらなかった。  しばらくして僕は1度目をギュッと閉じてから目を開いた。  大丈夫。僕には知り合いがいた。 「もう大丈夫か?」 「……うん」  どれだけ泣いていたかは実感がわかないが、僕の頭をずっと撫でていてくれたアゲハさんは、僕が腕で涙を拭いて顔をあげると、心配そうに見つめてくる。
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