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僕は彼女を指差したまま腰を抜かした。
「なんだよシュウシ。どうした?」
鉛筆で描いただけの細い眉毛をほんの少し下げて、驚いて地面に尻餅をついた僕を見て困ったように笑うい、
「どこか痛むのか?」
と、僕を心配する。
「やっ……っぱりアゲハさんなの!?……ですかっ」
「なんだよ。その幽霊を見たような顔は。今更それ言うか~?」
声をどもらせ変な敬語を慣れない低い声で発する僕に、アゲハさんは「ハハハハ」と豪快に大笑いする。今思えば細い眉毛とその笑い方がとても懐かしい。
「だ、だって僕、全然……気がつかなくって……その、看護師さんの付けていた名札は名字が違うし、喋り方とか……僕を呼ぶ時とか――」
困って視線を泳がせている僕の目と合うように、アゲハさんは短いスカートのまま膝を折りしゃがむとこう言った。
「ババアが男と再婚したんだよ。私はこの6年間の内に看護師になった。喋り方は……まぁ仕事だしな」
指摘されたのが照れくさかったのか、頬を掻くアゲハさん。
「それにしてもシュウシ、酷くないか? 私のことに気がつかないなんて」
僕の頭をワシャワシャと撫でまわしながら「このっ」とじゃれてくる。
懐かしい感覚に僕の目は自然と潤んできた。
――僕を知っている人が、すぐそばに居てくれたんだ……。
「ど、どうしたシュウシ! どこか痛むのか?」
俯いて泣き出す僕にアゲハさんは焦ったように僕の顔を覗き込む。
僕は首を横に何度も振ると、アゲハさんは「それならいいけど」と言い、ヒョウ柄のシャツの胸元に僕の頭を抱き寄せた。
「そりゃあ泣きたくもなるよな。目が覚めたら周りに誰も居ないんだもん」
違うんだ。
僕のすぐ近くで見守っていてくれた人がここに居たんだ。
僕を心配してくれた人が――
感極まって泣きじゃくる僕の頭を撫でながら「よく目が覚めたな。偉いぞ」と言ってくれ、その昔と変わらない優しさに触れて余計に涙が止まらなかった。
しばらくして僕は1度目をギュッと閉じてから目を開いた。
大丈夫。僕には知り合いがいた。
「もう大丈夫か?」
「……うん」
どれだけ泣いていたかは実感がわかないが、僕の頭をずっと撫でていてくれたアゲハさんは、僕が腕で涙を拭いて顔をあげると、心配そうに見つめてくる。
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