第1章

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 アパートに向かって歩きだしたアゲハさんに従って後を追った。  しかし、あのアゲハさんが……看護婦さんになるとは。  僕は今、僕だけがタイムトラベルをしてしまったような錯覚に陥って戸惑ってはいるけれど、時間移動どころか図書館の本で読んだ平行世界、パラレルワールドに移動して しまったような気がしてならない。あのアゲハさんが……。  今の、看護師さんの時の胸元に書かれていた名字はこの銭湯と同じ名前の千散らしいけれど、前の名前は田中アゲハさん。僕が事故に遭う前のアゲハさんは、いつも平凡な 名字がダサいと嘆いていた僕の姉さんの2つ年上の高校2年生だった。村の中心部からはずれた、田舎の中の更に田舎に住んでいるということもあり、まばらに建つ家の住人 はお年寄しかいなかった。そんな環境で、家が隣ということもあり、アゲハさんは姉さんと、年が離れている僕も一緒に面倒を見るように遊んでくれたんだ。母子家庭だった が、女性らしいおばさんとは対照的に、男勝りの性格のアゲハさんの趣味は、小さい頃から車やバイクなどが大好きだったし、おままごとで遊ぶよりは村の中まで赴いて男子 に売られたケンカを買うようなタイプだった。 僕が上級生に泣かされた時は殴り込みに行ってくれ、ボールを投げて隣の家のガラスを割ってしまった時は一緒に謝りに行っ てくれた。  僕にとって姉さんの上にもう1人、頼もしい姉さんが居るのと同じ存在だった。  アゲハさんはケンカが強くて有名だったが、美人でもあり、母親が年齢不詳の謎の人物ということもあり、村の中では一目置かれた存在だった。アゲハさんは高校生になる と同時にバイクの免許を取得して行動範囲が広がると、周りの人間環境も変化したらしいが、交通規則は守り老若男女様々な人が困っていたら助けるなどをしていた為、村の 人達に慕われていつの間にか「アゲハ教」という名前が出来ていて暴走族みたいなやつのリーダーになっていた。彼女が笑えば自然と人が集まってくる、そんな人が。  真っ赤なバイクとお揃いの色の豪華なアゲハ蝶が描かれているヘルメットがアゲハさんのシンボルマークで、夜に走行すれば光るテールランプが優雅に舞う蝶々のようだと 例えられていた。
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