第1章

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 「千散荘」と看板が掲げられた2階建てのアパートの前にくると、手作りの赤い屋根の犬小屋の前に足を止めた。屋根にはアゲハさんのヘルメットと同じアゲハ蝶に似た簡単な蝶々の絵が描かれていた。 「出てこーい。ご主人様が帰ったぞー」  アゲハさんはしゃがんで犬小屋に呼びかけると、すぐに犬小屋の主が顔を覗かせた。ドーベルマンだ。  アゲハさんの前で「ワン」と吠えると「クゥーン」と喉を鳴らしてアゲハさんにすり寄ってきた。アゲハさんは「よしよし」と顔を撫でる。怖い顔つきをしているが、よく アゲハさんに懐いていた。 「ほらキャロル。本当のご主人様のご帰宅だ」  アゲハさんは、立ったままま見ているだけの僕の目の前に犬を差し出してきた。  聞き覚えのある単語と、成長しきっていると思われる犬を見下ろす。  キャロルと呼ばれた犬は、僕を見上げ体勢を低くして「ガルルルル」と低く唸り警戒してくる。尖った爪を地面の土に突き刺し、鋭い牙を剥き出しにし、今にも僕に飛びか かってきそうだ。小さな子供だったら簡単に噛み千切られてしまいそうだったけれど、不思議と今の僕は恐怖心を感じなかった。むしろ―― 「キャロ、ル?」  睨みつけてくる目を見つめて名前を呼ぶと、犬の耳がピクッと動いた。 「キャロル、わかるだろ? お前の家族で親友だ。においを嗅げよ」  アゲハさん、人間の言葉をきちんと理解しているのかは不明だが、犬は少し迷ってから僕の足のにおいを嗅いできた。  くんかくんかと鼻を寄せてくる感触がくすぐったくて、僕は脇にランドセルと置いてしゃがもうとしたが、「ワン!」と大きく吠えたかと思えば僕に飛びかかってきた。そ の勢いに思わず尻餅をつく。 「ワンワン!」  決して襲われてしまったのではない。 「うわー。キャロル? 本当にキャロルなのか? くすぐったい」  僕の胸元に飛び込んできた犬は6年ぶりに再会したキャロルで、 「ワン!」  僕の言葉に返事を返すかのように元気よく吠えた。 「そうか。わかるか。よかったなシュウシ」  キャロルに顔中を舐められておかしくて目を細める僕を見てアゲハさんが笑う。 「うん!」  ここにも居た。  僕を知ってくれる犬が…… 「大きくなちゃって。僕も嬉しいよキャロル」  再会を嬉しがる僕に応えるように、僕が名前を呼べばその都度吠える愛犬キャロル。 「6年経っても親友(だち)のにおいは忘れないよな、キャロル」
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