第1章

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「父さん。……母さん」  優しい両親にもう会えないのだということは受け入れられなかった。  写真たてに涙が落ちる。  僕は泣き虫だった。成長してしまった今でも泣き虫なことは変わらないのだろう。  ――逢いたい。  父さんと母さんに逢って抱きしめて欲しい。  母さん。痛かったね? 大丈夫? と言ってよ。  父さん。僕は目が覚めたよ。得意な運転で病院まで迎えに来てよ。  涙が止まらなかった。  病院着の裾で何度も涙を拭く。  姉さんは遠い親戚の人に引き取られたと言ったっけ。誰だろう。  うちには父さんの父さんである、爺ちゃんと婆ちゃんが居た筈だ。その2人に―― 「交通事故にたいそうショックを受けたおじいさんとおばあさんも、この6年間の内に亡くなられたの。それまでずっと君の事を心配していたわ」  写真を見つめて泣く僕にこの前に見た看護婦さんが無情にも言い放った。 「それとね、終始くんや私が住んでいたあの村は合併して市になったわ。一之宮家は解体されて無くなって、新しい家が建ったわ」  言葉を理解するのに時間がかかった。  理解したくなかったんだ。  祖父母と両親の死も。僕の成長も。傍に居てくれない姉さんのことも……。  ――それから数日が経った。  あの看護婦さんが休みの日に髪を切ってもらい、さっぱりとした。  髪を短くされると、ますます父さんに似た気がした。切られて落ちる髪の毛と共に、家族6人と1匹の犬と過ごした楽しかった思い出までも切り取られてしまったような感覚がして涙が止まらなかった僕の頭を、看護婦さんは優しく撫でてくれた。  出された食事をしっかりと食べ、入浴時間にお風呂に入り、よく寝る。  テレビを付ければ確かに6年後の世界の出来事を報道していて、バラエティ番組で見ていた雛壇芸人は、余裕ぶった顔をして司会者になっていた。  この病院が僕の産まれた病院だということがわかった。もう産婦人科は無いらしいが、母さんからよく話を聞いていたし、爺ちゃんも2回くらい入院した事があることを覚えている。  数日経過しても、誰も僕の見舞いには来ない。  来るのは義務的にやってくる医者のおじさんと、掃除のおばさん、僕の面倒を見てくれた看護婦さんはどうしているのかと問うと、本当は担当している科が違うのだとわか った。  生きている実感がわかない毎日だ。  家族が誰も居ないというのは現実味がない。
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