1人が本棚に入れています
本棚に追加
病院の外に出ると思いの外眩しくて目を細めた。次第に慣れて来た視界の明るさに、青空を眺めてお空に居るであろう家族を思い出す。
僕には優しい姉さんが居るんだ。まだ大丈夫……。
1度目をギュッと閉じてから目を開くと、僕の名前の通り、暗くなった人生が灯りをともす気がした。これは僕が小さな頃からやっている方法。落ち着かなくなったり不安
にかられたり、先生の説教で足がすくんだ時など……さまざまな時にこうすると、考え方が纏まったり、思考をリセット出来るような気がするから。頭の中がスッキリとするんだ。終始の「しゅう」と心の中で唱えながら目を閉じて「し」という単語で目を開ける。そうすれば視界が開け、新しい世界が始まる。このおまじないは大好きだった僕の姉さんが考えてくれたこと。祖父母と両親が親戚のお葬式で帰りが遅くなって、寂しくなって泣きじゃくっていた僕に、姉さんが教えてくれた。僕を勇気づけられる秘密のお
まじない。
「シュウシ!」
ぼんやりと立っていたら、目の前に赤いボールのような丸い塊を投げてよこしてきた看護師さん。
とっさに受け取ると、それは真っ赤なヘルメットだった。
病院のロータリーに響くバイクのエンジン音。
「かぶって乗りな」
僕が受け取ったヘルメットと同じ色のヘルメットをしている看護師さん。看護師さんのヘルメットにだけ、黒と鮮やかな緑色のアゲハ蝶の立派な模様が描かれていた。
後ろを指差す看護師さんに促され、僕は急いでヘルメットをかぶり、病室で最大限までベルトを伸ばした黒いランドセルを背負い後部へと乗る。どこに手をやればいいのか
がわからず躊躇っている僕をみかねて、看護師さんは僕の両腕をガシッと掴み自分の腰にまわすよう誘導した。
――細い。
体だけが成長したが、運動不足やらで細身の僕よりも細く、柔らかいというよりは筋肉質だった。
エンジンを吹かして走り出したので、落下しないように腕に力をこめる。慣れた手つきで運転をする看護師さんからは、エンジン音に混じり鼻歌が聞こえてきた。
看護師さんの薄い背中に左耳を預け、僕は進行方向に向かって右側の景色を見つめていた。何日か前に看護師さんに言われた通り、この景色は少しだけ見覚えがあった。……少しだけ。
最初のコメントを投稿しよう!