量産型

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 まず例の階に行く。次にエレベーターを出ずに様子を見る。それで満足したら目的の階にいけば良いのだ。エレベーターをでなければ、そこは進入禁止の階ではなく、聖域の中だ。  私は折衷案の存在に気がついた瞬間に、勢いにまかせて「よいやっ!」とボタンを押した。バコッと凄まじい音がしてエレベーターが動き出す。同時に突然照明が消えた。  なにも見えない。非常用ボタンの位置すらわからない。手探りで見つけ出そうとしても、手は空をつかむだけ。壁すら見つからない。だんだん不安になってくる。エレベーターが動いている音は確かにしている。いつまで経っても止まらない。じわじわと聴覚以外の感覚が消えていく。  震える手でスマホを取り出す。先ほど友人の言葉に返信してから、もう十分も経っていた。おかしい。どう考えても一階から二階までのエレベーターで、こんなに時間がかかるわけがない。  心臓が加速し、全身に冷たい血液を送りはじめる。現実ではあり得ないことが、急に現実となり怖くなる。  ここが現実であると確認したくて、友人にメッセージを送ろうとした。しかし、入力欄に文字が現れない。画面の平仮名のボタンを押しても反応しない。スマホキーボードのバグかと思い、メモ帳のアプリを開いて文字を打ってみる。普通に入力ができた。SNSを開いてメッセージを入力しようとした。でも、それは叶わなかった。どうやらSNSに問題があるらしい。さらにもう少し調べると、圏外になっていた。 「す、すいません!」  どうすることもできなくて、神や仏に祈るように叫んだ。 「すいません、誰か!」  声が深淵の闇に響く。 「助けてください、誰か!!」 ──ガタンッ!  私の声を誰かが聞き届けたのか、エレベーターは急停止した。衝撃でバランスを崩して膝をつく。  扉が開く。涙目でにじむ私の視界に映ったのは、薄暗くて灰色の壁だった。  この時の私は、冷静な判断ができなくなっていた。心の奥底からわいてくる恐怖に、体を支配されていた。だから、私はエレベーターから這うように出てしまった。  薄暗い部屋にたった一人。自分の荒い呼吸の音と心臓のリズムだけが、私に現実を教えてくれる。グレーの視界や麻痺した鼻と肌は、私を不安感の泥沼に飲み込もうとしてくる。
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