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「まったく。なにを考えてんだよバカ兄貴! いたー! 振り込め詐欺に決まってんだろ! なんでひっかかるんだよ!」
俺はキョロキョロと辺りを見渡しているメガネに怒鳴りつけながら封筒をひったくる。
「これは、ばーちゃんが孫の俺らに分けなさいって遺してくれた大切なカネなんだぞ! なに典型的な振り込め詐欺にひっかかろうとしてんだよ! バカ!」
よかった。まだ手渡しをする前だった。間に合って良かった。俺は安堵の溜息をつきながら封筒を抱えてしゃがみこんだ。兄貴の突拍子のない言動にびっくりして慌てて家
を飛び出したものだから、気に入っているおろしたてのスニーカーは踵(かかと)を踏んづけて来ちゃったし、自転車はスタンドを立てなかったから隣の自転車をなぎ倒した
だろうし、全速力で家からここまで来たから息はあがるし……っ。肩で息をする俺を、兄貴は不思議そうな顔をして見下ろしていた。
「なんだよその顔。俺の方が不思議だっつーの。今さっき俺とゲームの対戦してたじゃんか。なんでそんな俺から電話がくるわけ? しかもカネを持って出かけちゃうわけ?
」
息があがる俺の声は震えている。この震えが兄貴の不可解な言動に対して憤怒しているのか、それとも呆れて言葉が出てこないのを必死に思考回路を動かして言葉を探して
いるのかはわからない。
「それに、300万円なら、この600万円全部はいらないだろ。『みんなで分けなさい』って封筒に書いてあんじゃんか! なに勝手に使いこもうとするわけ? それも詐
欺にカモられて」
電話を信じて持って行くには金額が多すぎる。
「多い方がいいと思ったから」
「バカだろ」
テストの点数はいいが、バカだこの人。俺は溜め息をつきながら立ち上がり、兄貴を見上げる。
「つか、さっきの電話はなんて言ってたわけ?」
兄貴はキョロキョロとしているから、まだ封筒を渡す相手を探しているに違いない。俺は兄貴の両頬を掴んで俺の顔を見させる。
「ああ。『あ。お兄ちゃん? オレ。オレ。トウヤ。性転換手術をしようと300万円を持っていたんだけれど、失くしちゃったから今すぐに近くの公園に届けてほしい』っ
て。だからお兄ちゃん、焦って無我夢中でお金を届けようとここに来たんだよ」
「……なんだよ。それ。……色々とつっこみたいけど、性転換手術ってなに」
さっき言った内容を完璧に覚えて繰り返す兄貴から手を離す。
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