第1章 えんとらんす。

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縁兎槍。(えんとらんす。)                                   侑良 草士  なんか髪が伸びてきた気がする。高校1年の夏休みをダラダラと満喫していると、あっという間に髪が肩にかかってきた。夏休み前から伸びたと思っていたが、いい加減前 髪も伸びたし、始業式が始まる前にでも床屋に行くかな。めんどくせー。ま、最近微妙に太って胸筋が脂肪に変化しつつあるから、運動がてら隣の駅の床屋まで走って……あ ー、やっぱめんどくさいし一応美容師の資格を持っているらしい母ちゃんに、昔みたいに頼むか……でもダッセー髪型になったから嫌なんだよなー。 「なぁ、母ちゃんは? またどっか行ってんの? 俺腹減ったんだけど。ウマイもん食いてぇ」 「さっきラーメンを食べただろ。鯛焼きならまた創るぞ」 「いっつも鯛焼きばっか食ってると太るー。それでなくても俺、最近デブってきたような気がしてんのに。カップラーメンは作ったとはいわねーだろ。あー可愛い女の子と住 みたい」 「なんだ。お兄ちゃんじゃ不満か」 「不満もなにもそもそも性別が違うだろ。あー姉ちゃんが欲しかった」 「なんだ。お兄ちゃんじゃ不満か」 「なんで同じことを2度言うんだよ。意味わかんねー……あ」  8月20日の昼下がり。エアコンをガンガン利かせたリビングで兄貴とテレビゲームのレーシングゲームで対戦していると、廊下にある固定電話が自己主張するかのように 着信音を響かせた。 「オレは今ゲーム中だから兎羽槍(とうや)出ろ」 「俺だって今はレース中だろ。兄貴出てくれよ」 「まったく」 「あー! 負けてるからってなにも電源を切らなくたっていいだろ!」 「電話に出るから一時休戦だ」 「一時もなにも永久休戦じゃんか! 俺新記録作ってたのにー」  兄貴の非情な行為に涙を流しながらゲームを片付けていると、鯛焼きを食べながら電話に出た兄貴の声が微かに聞こえる。微かに聞こえる兄貴の真剣な声を聞きながら俺は 生ぬるくなったジュースを飲み干した。 「なんか真剣な声。難しそー。飲み物まだ冷蔵庫にあったかな?」  連日連夜続く猛暑日は俺の喉を砂漠化させる。冷蔵庫の中身を思い浮かべながら立ち上がろうとしたその時だった――。リビングのガラス戸を勢いよく開けた兄貴が血相を 変えてテーブルの上に置いてある分厚い封筒を鷲掴みにした。
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