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「お、おい兄貴! そのカネを持ってどこに行く気だよ。俺のカネでもあんだぞ」
ばーちゃんの遺産の孫である俺らの取り分である万札の束が入っている封筒を持ち逃げされそうになり、慌てて兄貴の腕を掴む。兄貴はメガネの下の目を眇める。
「とと、トウヤが、手術に必要な大切なお金を失くしたって」
「……は?」
珍しく動揺している兄貴の言葉に俺は目を丸くする。
「兄貴、なに言ってんだよ」
「今電話があって……」
「今の電話? なんだったんだ?」
「いや。トウヤが手術のお金を失くしたから今から300万円を持って近くの公園に来てほしいって。相当困っているみたいで声が震えていたぞ」
「は? 俺は電話なんてしてねーだろ。つか、今アンタとゲームで対戦してただろ。なに言ってんの? 暑さでやられた? それともさっき食った酢とラー油入り鯛焼きの毒
が脳に回ったか?」
気が動転しているのか、兄貴は俺の言葉に耳を傾けることなく玄関に向かって歩き出したものだから、俺は後を追う。
「毒とはなんだ。毒とは。アレは成功品の一歩手前なだけだ。電話は『あ。お兄ちゃん? オレ。オレ。トウヤ。性転換手術をしようと300万円を持っていたんだけれど、
失くしちゃって困っているから今すぐに近くの公園に届けてほしい』って言ってたんだよ。だからお兄ちゃんは届けに行ってやるんだ」
兄貴は俺の鯛焼きについての感想に憤慨すると、興奮しながら靴ベラを使って靴を履いた。
「……は? いや。ちょっと待てって。俺がアンタのことを『お兄ちゃん』なんて今は呼ばねーし、そんなことよりも性転換ってなんだよ。性転換手術って。俺は今こうして
兄貴の前に居るだろ! なぁおい!」
なにを考えているのやら。兄貴は俺を置いて玄関を出ると、俺の制止を振り切り原付バイクに乗って走り出して行ってしまった。
「あー!! 意味わかんねぇし。つーか典型的なオレオレ詐欺だろ。なんでひっかかるんだよ。クソッ」
俺は庭に停めてある母ちゃんのママチャリに乗って全速力で追いかけて5分も走らない内に公園に到着した。
「ここか! もう渡してんじゃねーよな」
兄貴の原付バイクが駐車してあるのを確認し、俺は自転車を投げ捨てると兄貴を探して走り出した。滑り台を回り込んで公衆便所の脇を通りブランコの――
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