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「こんにちは、当院は初めてですよね。どこか……」
話している途中で、患者さんの不思議なものを見るような表情に気がついた。そしてその顔は……、
「もしかして、高島先生ですか?」
私の言葉に患者さんは首をかしげ、治療イスに座った姿勢からこちらをまじまじと見つめてきた。
「そうだけど、君は…… あ、片桐クンか?」
「はい、お久しぶりです」
男性は高島先生、高校の時の体育の教師だった。
「そうかあっ。えーっと、何年ぶりかな?」
「卒業以来ですから、八年になります」
「もうそんなになるのか。そうそう君は歯科大に進んだんだった。無事に歯医者さんになれたんだね」
「おかげさまで」
「いやいや、君は昔から頑張り屋さんだったからね。よかった、よかった」
喜んでもらえたのはいいけど、治療イスに座り紙エプロンを着けた先生の姿はお世辞にも威厳があるとは言えない。
「それで高島先生、来院されたと言うことはどこか具合の悪いところがあるんですか?」
「ああそうなんだ」
先生の表情が曇る。
「虫歯になってしまったのかな。ここのところ右の奥歯が疼くんだ」
「じゃあ、見てみますね。まずそこのコップの水で口をゆすいでください」
「う、うん」
先生は紙コップを取って水を口に含み、くちゅくちゅして吐水鉢に吐きだした。
「イスにもたれてヘッドレストに頭をあててください。イスを倒しますから」
「ああ」
あの頃、高島先生は新人教師で女子の間で人気が高かった。走る姿が躍動的でかっこいいとか、笑顔がかわいいとか言われていた。でも、私にはぴんときていなかった。適当に言葉を合わせていたけど、どこがいいのかまったくわからなかった。
「お口を開けてください」
「うぐ」
「上の歯ですか? それとも下ですか?」
「うえ゛のおぐからにばんめぐらい」
「はい、見てみますね」
大きく口を開いた高島先生に顔を寄せる。そういえば、歯科医になって何百人も歯の治療をしてきたけど、知り合いの治療はこれが初めてだった。普段は冷静沈着に処理していく患者の口の中に、不思議な生々しさを感じた。
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