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少年は、カウンターの奥にある机を凝視していた。
「ねえ、そこにあるのって、もしかして原稿用紙?」
すると店主はなぜか少し慌てたように早口となった。
「あ、ああ、そうだ。うん、原稿用紙だ。偶然、俺が持っていてラッキーだったな。お代はいいから必要な分だけ持っていけ」
店主は机の上の原稿用紙から何枚か手に取ると少年に差し出した。
「足りるか?」
少年は何度か小刻みに「うんうん」と頷くと、嬉しそうに原稿用紙をパラパラめくった。
「あっ」
「あっ」
少年と店主が同時に声を上げた。
「これ、ちょっと使ってあるんだね」
と少年が言い終わらないうちに、店主は文字の書かれた用紙を少年から奪い取る。
少年というものは、好奇心でできているらしい。そんな店主の変化を見逃さなかった。
「ねえ、今の何? おじさんも作文書いたの?」
店主は仏頂面で「なんでもない」と言ったものの、少し顔が赤くなっている。
少年は食い下がる。
「ねえねえ、どんな作文? 先生に提出するの?」
「作文と一緒にするな。提出もしない」
と店主が答えると、少年は「じゃあ何?」と聞いてくる。
「……小説だ」
店主はひとつため息をついたものの、嘘はつかなかった。
「ショウセツ? お話書いてるの? どんなの? 見せて」
「だめだだめだ」
「じゃあ本になってからでいいや。いつ本になるの?」
「まったく、何だ、いつだと質問ばかり……これは、趣味だ。年寄りの道楽だ」
俺が一生かけて完成するかしないかの……と店主が心の中で呟いていると、少年はカウンターに身を乗り出し、大きな目をきらきらさせながら言った。
「じゃあ、予約するよ、おじさんの本。予約したら何でも売ってくれるんでしょ? それまでにおこづかい貯めておくから」
少年は握りしめていた小銭をばららっとカウンターに置くと、駆け出した。
「おいっ」
と店主が止めようとするのも聞かず、少年はまたガラン、ゴン、などの音を立てながら、狭い通路を抜け、たたたっと店を出て行く。
店主は、あっという間に消えていった小さな後ろ姿を見送ると、
「まいったなぁ」
と小さく呟いた。そして少し考えてから、カウンターに残された小銭をレジではなく、空いていた小瓶に入れた。コルクで栓をして、書きかけの原稿用紙の隣に置く。それから、薄くなり始めた頭をぼりぼり掻きながら、ゆっくりとカウンターの奥へ消えた。
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