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それから数日、澤山さんの書店に通ってみたものの、これといった本を選べずに時間が過ぎてしまっていた。
どこか焦りのようなものを持て余しながら朱華屋に向かうと、そこにはあやめさんと話している澤山さんの姿があった。
「あれ?澤山さん」
「あ、王子くん」
「あ、それ」
俺にまっすぐに向けられたその呼び名に『またか』と思いつつあやめさんを見る。
あやめさんはいつもと変わらず微笑みを浮かべていて、とても楽しそうだった。
「すみません、澤山さん。まだ本は選べてなくて・・・・・・」
「いえいえ、大丈夫、今日はお買い物に来ただけだから」
「そうですか・・・・・・」
「あやめさんの刺繍を見せてもらってたんです」
あやめさんは時々お客さんの要望に応じて洋服などを作ることがある。
「アジサイですか・・・・・・」
丁寧に彩られていくブラウスのワンポイントはピンクのアジサイだった。
「そうなの、素敵よね」
梅雨の時期によく見かける鮮やかなアジサイの姿が表現されている様に思えた。
「アジサイは色も品種もたくさん種類があるから、それぞれ違って楽しい花なのよ」
そうあやめさんは微笑んで、作業を続けていた。
俺と澤山さんはなぜか顔を見合わすことになっていた。
その一瞬の後、澤山さんは困ったように笑った。
「王子くん、お願い聞いてもらっていい?」
「あっ、はい、何でしょう?」
「王子くんの――」
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