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 薄暗い廊下で宙を見上げ、アリエッタはなんとか気持ちを落ち着かせようと首を振った。耳の上で留めてあった前髪の一房がはらりと流れ、顔にかかる。髪を纏めなおすことも忘れたまま靴の裏の砂を落とし、布袋を抱え直して厨房へと歩き出したところで、薄暗い廊下に良く通る声が響いた。 「さすがにこっちから屋敷に入ったりはしない、か」  聞き慣れた声に、アリエッタは反射的に全身を強張らせた。慌てて振り返ると、壁にもたれかかったウルバーノが腕を組んでアリエッタを見ていた。表廊下から射し込む明かりで影になり、表情がわからないのが薄ら寒い。  階下の、使用人通路だというのに、何故家人であるウルバーノがこんな所に居るのだろう。不自然な状況に胸がざわついて、無意識に布袋を抱えなおした。  アリエッタが言葉に詰まっていると、ウルバーノの含み笑う声が聞こえた。   「久しぶり、アリエッタ」  穏やかな調子でそう言って、ウルバーノが壁を離れ、アリエッタに歩み寄る。思わず後退りかけた右足を、アリエッタは慌てて引き戻した。  無理矢理に奉仕を要求されなくなってから随分と経つものの、アリエッタにとってウルバーノとふたりきりの状況が恐ろしいものであることに変わりはなかった。使用人通路のような薄暗い人目のない場所では、特に。 「おかえりなさいませ、ウルバーノ様。すぐに荷解きに伺いますのでお部屋でお待ちください」 「いや、遠慮しておくよ。エミリオに嫉妬されるのはごめんだからね」     
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