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校庭には既に生徒の影がなく、辺りはひっそりと静まり返っていた。石畳の道を校門に向かって歩きながら、エミリオはウルバーノに訊ねた。
「そういえば兄さん、アリエッタに、その、悪さしてた時期あっただろ。あのとき、なんで最後までしなかったの」
それは、エミリオが長らく疑問に思っていたことだった。
エミリオにとっては幼馴染みで、家族と同様の大切な存在だとしても、ウルバーノにとってのアリエッタはただの使用人だ。アリエッタは例え自身が傷付けられても家人の秘密を口外したりしない。性欲の捌け口にするのなら、犯してしまっても変わらない筈だった。だから、ウルバーノが口での奉仕だけで済ませていたと知って、あのときエミリオは安堵したと同時に不思議に思ったのだ。
エミリオの問いが相当意に外れたものだったのか、ウルバーノは足を止め、碧い瞳を丸くしてエミリオを振り返った。
「なんでってお前、処女じゃなくなった未婚の女の扱いなんて悲惨なもんだよ。そんなの可哀想だろ」
「え、まあ、……うん」
「お前もさ、遊ぶのは良いけどそういうところはしっかり考えろよ」
「え、ああ、……うん」
諭すようにそう告げてエミリオを頷かせると、ウルバーノはエミリオの頭をわしわしと撫でて満足気な笑みを浮かべ、ふたたび校門へ向かって歩き出した。
言ってることは間違っていないのに、何故だか納得いかない。眉根を寄せて口をへの字に曲げ、エミリオは兄の背中を追いかけた。
三つ年長の兄は、エミリオよりもずっと背が高く、足が長い。ようやくエミリオが追いついたところで、ウルバーノが不意に振り返り、随分と真面目腐った顔でエミリオに告げた。
「ああ、それとお前、勘違いしてそうだから言っておくけど、アリエッタにキスした奴はお前が初めてだから。とやかく言える立場じゃないけど、あまり気を持たせてやると可哀想だぞ」
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