本の世界へようこそ

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「理想の本、お金はいただきませんとも」 信じられない光景が映る。店長の背中から、翼のようなものが生えているのだ。 「ま、まさか寿命とか、魂とか……」 「死神じゃありません、寿命なんていただきませんよ」 店長は、笑う。 「悪魔じゃありません、魂なんていただきませんよ」 霧中は、必死に懇願する。この先の人生、感情がなくなるなんて考えられない。それではまるで、生きながらにして死んでいるようではないか。 「た、助けて……」 「天使じゃありません、助けなんてありませんよ」 懇願しても無駄だ。ならば、力付くで…… 「だ、だいたい、おかしいじゃないか!本読んだくらいで、一生分の感情とか……」 「言ったじゃありませんか、ここは真に本を愛する者たけが見つけられる場所だと。本を愛する、本にこそ人生の全てを懸けても構わないと……そう思える方の前にこそ、この店は姿を現す。貴方は、そういう人だ」 視界が、歪んでいく。 「私は、そういった方々の感情……活力、ともいいましょうか。活力つまり生命力。それをいただき、糧にしているのです。いやあ、今回も実にいい生命力をいただけました」 手を伸ばすが、届かない。世界が、歪んでいく。 「ホホ……貴方も、楽しめたでしょう。一生分……これから、どうぞ、第二の理想の本を見つけてください」 皮肉めいた言葉。わかっているのだ、理想の本を読んだ今……何を読んでも面白いと感じない。そんな彼に、第二の理想の本など見つけられるはずもない。 そもそも、第二なんてない。世界にたった一つ、それが、理想の本なのだから。 「では……どうぞ、よい人生を」 そして……世界が、ブラックアウトした。
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