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ドアの開く音がして入り口に目をやると男が一人立っていた。
「あ、まだオープン前……」
準備中の店に一人の男。黒い、何もかもが。髪も目も、そして身につけている物も。たったひとつシルバーに見える光沢のあるグレーのネクタイだけが色を持っていた。
「飲みにきたわけではない」
その一言で充分だ。この男は客ではない、とすると答えはひとつ。
「どういうご用件で?」
男は口をわずかに歪めた。笑っているつもりか?
「あの男の遊びは悪趣味だ。Pureにjenet。一貫しているとえばそれまでだが」
無表情を装いながら男の言葉を噛みしめる。いったい何者だ。
「この番号は今日を含め3日は生きている。その間に連絡がほしい。必要とするものが入用になったからだ。そして私は急いでいる」
差し出された紙には携帯の番号だけが書かれていた。もしかして日本人ではない?発音は完璧だか、どこかに違和感がある。
「名乗らない方に何の約束もできません」
「ふっ、面白いことを言う。「月」と言えば斉宮は納得する。それに推測どおりだ、私は日本人ではない」
わたしの無表情は完璧ではなかったということだ。そして「斉宮」と言った、サイでもマルでもない。あの男を「斉宮」として認識しているとなるとポストに投函された手紙は配達しなければならない。
しかし、それほどの男が何故わざわざポストを利用する?直接「rumble fish」に行けばいい。酒を飲みながら仲良く話せばいいだけだ。
「互いに「かくれんぼ」をしているせいで、つねに探さないとならない。面倒な事であるが楽しくもある。
でもいい。ここに来れば簡単に辿りつけるというわけだ。この店を閉めないでいてくれると有難い」
男はそう言って店を出て行った。
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