分身

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 あのお方を初めて目にしたのは、文久三年。攘夷の名のもと、人が容易に殺される、不穏極まる京都だった。  お屋敷の冷え切った庭では、時を経た血のような紅葉が際立ち、朝露に濡れたくすんだ赤い葉が重たげに石畳に張り付いている。廊下を進む人の気配に、庭の隅に控えていると、冬の松のように固く尖ったあの方が廊下を通ってゆかれた。  将軍に先んじて京都にやってきていたあのお方は、ひとかたならぬ方々が跋扈する朝廷と幕府の双方を相手にご多忙を極め、なかなかお姿を拝すことが出来なかった。燃えるような朱の南天の木陰で膝を折りながら、初めて目にする主君に私の心は密かに浮き立っていた。  さりさりと絹の袴を滑らせて歩みつつも、次の一手二手先、もしくはもっと先を読み極めておられる、そんな鋭利な印象を受ける。天皇家と水戸徳川家の高貴な血筋を受け継ぎ、幼少より才覚名高かかったあのお方の、噂に違わぬ高貴なお姿であった。  行き過ぎるかと思われたおみ足がふと止まり、こちらへ向いたとき、不作法にも見とれてしまっていたことに気付き、私は慌てて頭を戻す。図体ばかりが大きい、無粋な己が恥ずかしく、身を一層縮こめる。     
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