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「私には子飼いの家臣といえる者はいない。幼少から仕えていた者たちは、一橋家へ養子に入った際に別れたきりだ。それからは全てが幕府より一時的に遣わされた者たちばかりだった。平岡からの打診を受けただけではあったが、あのとき私は初めて己で家臣を選んだのだ、お前を」
淡々と語られるお言葉は、お優しく、私は感激のあまり声が出なかった。じっと目頭を押さえていると、
「私を失望させるな。越えるつもりでゆけ。今の私は泡沫(うたかた)の世でただ息をしているだけなのだ。お前こそ私の現(うつつ)、分身である」
「勿体のうございます。武蔵国の農民の子に過ぎぬ私をここまで取り立てて下さったのは――」
「信じられぬなら、いま魂を注ぎ込んでやる」
いつの間にか眼前にいざり寄った公についと顎を持ち上げられ、柔らかな薄い唇で接吻をされたとき、抱いてはならぬ劣情が私の身体を駆け巡った。薄い肩を抱いてしまいそうになる手を、きつく握り締めて堪える。
「殿……」
「これでお前はもう一人の私だ。昔から英邁だと褒められ、誰も私を追い抜くものがいなかった。強いて言えば、私を出し抜いた薩長の芋らが一番近いかもしれぬ。正直、それでは面白くない。お前ならば私を追い抜けるか?」
公に肩を並べるのが薩長の者たちなどと、あってはならぬし、私自身我慢ならない。畏れ多いことではあるが、それならば私が代わってそれ以上の力を公に認めて頂くほかない。
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