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母の嘘
「○○、結婚するんや。じゃあもう○○って呼べんようになるなあ」
僕がまだ幼い頃、テレビのニュースを見ていた母が漏らした独り言だ。ちなみに○○は、当時皇族に嫁いで話題となった女性の下の名前が入る。
幼い僕は母のその独り言を聞いて、「へえ、母さんこんなすごい人と友だちなんや」とぼんやり思った。でも、何か違和感があった。その違和感のせいで、大人になるまでこうしてその独り言のことを覚えていた。そして今の僕には、その違和感の原因が何なのかがわかる。
福岡の田舎で生まれ育ち、福岡でずっと暮らし続けている母は、学習院中学にも学習院高校にも学習院大学にも行っていない。皇族へ嫁いだその女性と知り合う機会もなければ、当然、呼び捨てで呼ぶような親しい関係になる機会もない。
つまり、母は嘘をついたのだ。しかし、それはただの嘘ではない。
僕に「母さん、この人と友だちでね」などと直接語りかけてきたわけではなくあくまで独り言のように、口調も冗談めかしたものではなくごく普通の口調で、そして「……なーんて冗談よ」とかいうフォローも何もなく、至って普通に、ただ意味もなく嘘をついたのだ。
なぜ、母はこんな嘘をついたのだろう。
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