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風がやみ、おそるおそる瞼を開くと、そこには先ほどまでとは全く違う景色があった。
足元には灰色と白がマーブル模様に入り混じっている硬い床、目の前には私の頭の位置にガラス窓のある引き戸。
そして、私を包むのは大勢の人の話し声ではなく、ひそひそと交わされる小さくて短い会話と、途切れ途切れに訪れる静寂だった。
「どうした? 変なものでも見たような顔して」
その光景の中に、孝明さんがひょっこりと顔を出した。心配そうに私を覗き込む彼に、私は無意識に入っていた肩の力が抜けていくのを感じた。
「ほら、入ろうぜ。楽しみにしてたんだ、有希子の絵見るの」
彼が指し示す扉の横を見てみると、「美術部・文化祭特別展示」と流麗な書体で書かれたモノトーンのシンプルな看板が立てられていた。
なるべく音がしないように、彼はゆっくりとその扉を開けた。扉の向こうに広がっていたのは、色彩豊かな絵画の数々だった。
教室に入ってすぐ右に受付が設置されており、そこに座っていた少女が私に気づいて小さく手を振った。私も彼女に応えて手を振り返し、先に行く彼の背中を追いかけていった。
壁には様々な絵画が飾られてあった。夏空に咲くひまわりを大胆な構図で描いたもの。秋の訪れを知らせる、まだ緑色の部分が少し残ったほおずきの水彩画。どれもがその美しさで人々の足を止めていた。
「これだ」
孝明さんは呟くようにそう言って、突き当りで足を止めた。彼の視線の先には、周囲の作品とは異なり、白い紙に黒だけで描かれた鉛筆画がかけられてあった。
そこには濃淡だけで色の表現がされた壮大な天の川と、幹や枝を夜空に向かって伸び伸びと広げている大木の姿があった。
「この風景が、名前の由来なんだよな」
孝明さんが、私の耳元でそう囁いた。
そうだ、私は彼女にこの絵のようになってほしいと願った。どこまでも広がり、私たちを照らしてくれる星空のような存在に。そして、この大木のように、彼女自身の可能性を限りなく伸ばすことができる人に。
そう考えた時、私はまたふと、疑問を抱いた。
「彼女」とは、誰のことだったろう。
まだぼんやりとしている頭で、私はそのことを考えながら、ゆっくりとまばたきをした。
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