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泳ぐことと同じくらい本を読むことが好きだ。
私にとって本は「読む」というよりも「潜る」に近いと感じていた。
「読書」ならぬ「潜書」を行なうために、本を読む前にも予備動作として息を吐いたあと、大きく息を吸い込んでから活字の海に飛び込む。
次々と流れてくる文字は水で、行間は空気だ。
文字の中に潜ってしまえば地上のすべての音が無くなり、自分だけの世界入ることができた。
クロールとバタ足で文字をかき分けながら行間で呼吸をするような感覚はやはり水泳に似ていたが、そこにはプールとは比べものにならないほど広大な海がどこまでも広がっているのを感じていた。
活字の海から上がり、あたりを見渡した。
書店にある時計を見やると、閉店時間が迫っていた。
またこんな時間になってしまった。
「ふぅ」と息を吐く。なんだか久しぶりに地上の空気を吸ったような気がして、いつの間にか忘れていた全身の疲労感が蘇った。
それは先ほどまで行っていた水泳大会の疲れなのだが、活字の海で泳いだ疲労感にも感じられた。
「いかんいかん帰らなくては」と、私は水泳バッグを肩にかけると手に持っていた本を棚へと戻した。
部活命の金欠女子高生には活字の海といえど自由に泳ぐことは許されず、それはまるでプールの中でしか泳いだことのない自分のようだった。
書店から家までの道を少し早足で歩いた。
少なくとも水泳部を引退するまでは、立ち読みをやめられそうにない。
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